場のニーズ 251207
2025/12/7
亡母の17回忌は、久しぶりの寺での法要だった。「お供えしたい花があれば……」と言われて考え込んだ。母から好きだと聞いた覚えがあるのはワレモコウだが、時期がもう遅い。こんなとき、いけばなの先生として面目ない選択はできないプレッシャーには弱る。
草月流では「場」にいける意識が重視され、その場の性質にふさわしい花をいけようと考える。かつて私が仕事としていたマーケティングでは、顧客ニーズを満足させることで商品価値が高まるとされてきたことからも、自分軸ではなく他人軸の考え方は正しい。
しかし、個性化が進んだ現代は、多数のニーズを一括りにすることが難しく、また、それに応じようとすれば平凡・陳腐に陥る危険もあるので、半歩だけ先へ行くか半歩だけ特異性を出すことが肝要である。ま、こんなふうに小難しく考える仕事の癖は、なかなか抜けない。
考えても答えが出ないときは、人の気持ちに寄り添うふりをするよりも、場を驚かせる身勝手な花の方が、自他共に楽しいかもしれない。私はまだ水分も油分も多過ぎて、枯物花材のように解脱の域には達しえないようだ。