秘密の花 250807
2025/8/8
草月の勅使河原蒼風を知って、いけばなには奥義があるのだということを強く思う。その奥義は、特に秘密めいたものではないのに、ただそれを言葉にして説明しがたいというだけで敬遠されがちだ。そして、奥義を理解している(または無自覚に体得している)かどうかは、生活の便宜上いけばなをしている者にとっては、ほとんど意味のない雑音でしかない。
身も蓋もない言い方をすると、何ものをも突き詰めるというやり方は、健やかな生活の場においては無意味で面倒臭い処世術なのである。
さて、「秘すれば花なり」の意味を、今ではAIが見事に回答してくれる。その回答自体に秘したものがないから、それを鵜呑みにすると、秘すという行為が単に隠すことと同義の狭い意味合いになってしまう。隠すことで見る人の興味を深めるというのでは、ストリップ劇場の説明と同じことになる。ちなみに、私はストリップにもプロレスにも、その演出と演技に一目置いているが。
世阿弥が能楽を論じた『風姿花伝』のタイトルの「花」は、「秘すれば花」の「花」同様、その一語に無限の意を持たせていると思う。