簡素な空間 251125
2025/11/25
今日は、松山中央郵便局にお弟子さんの1人がいけるのに付き合って、改めて感じることがあった。そこは、預金や保険や諸々の掲示物が氾濫していた。
いけばな作品については「単純化の極」という方向性があることを我々は知っているが、いけばなの空間については「簡素化の極」が望まれると思った。
それがいけばなであろうとなかろうと、何かを物が溢れかえっている部屋に飾ろうとしても、結局のところ空間を更に汚すことになっても美しく飾ることはできない。いけばな自体に疎密や強弱をつくっても、空間全体が密であるならば、その一部でしかないいけばなには存在する余地がない。時代劇などからも想像できるように、日本の住空間は基本的に物がなく室内の密度が低かった。造り付けのものといえば床の間くらいで、密度の高い部分といえば欄間の透かし彫りくらいだ。部屋空間の密度が低いために、花をいけるとその部分の密度が途端に上昇して強弱のアンバランスが生じ、それで部屋全体に生気が宿るのである。
重い部屋には、より重いマッス作品をいけるか、たくさんの空気をいける他はない。