陶酔 251204
2025/12/4
スポーツ観戦が趣味の人にとっては、しょっちゅう熱狂している感覚もあるだろう。しかし、いけばな鑑賞に熱狂はなく、陶酔するほどの状況に至ることも稀有だ。スポーツ観戦の気分の高揚が超短波だとすれば、いけばな鑑賞のしかたは超長波なので、変化が微妙過ぎて気分が上がっていることさえ本人にもわからない。
見る側はそんな調子であり、花をいける側はどうかというと、趣味といえども瞬間的に気分が沸騰することは考えられず、いけばなに酔い痴れるとしたら、じわじわと丸一日がかりの長時間が必要になる。あるいは、常態がヘベレケのボケ老人の姿ではなかろうか。
何かに没頭するというのは、頭だけでなく心も没してしまう状態だ。この状態になると、労力・時間・カネ全てへの留意が失われる。そして、これらを失った者は幸いである。その時点で、趣味はもう単なる趣味であることをやめて、信仰となっているからである。信仰は、法律や論理や損得に優先する。
そんな自分にふと気付いたとしても、自己否定することが怖くて、現代の多くのいけばな教授が宣教師の顔付きになっているのだ。