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いけばな随想
diary

世代差 240703

2024/7/3

子供だった私にとって、父の世代は理解不能で、祖父の世代はもう想像もつかない彼方にあった。

だが、自分が父の世代になり祖父の世代になってみると、若かった頃と別に変わりないと思う。ただ1点、父も祖父も多くを語らなかったが、戦争をどう経験したかということのみは、経験のない私との間に深くて暗い隔たりを感じる。

いま自分が祖父の世代として、父の世代や子の世代を眺めると、そこには大きな隔たりを感じる。たぶん、情報の受発信の点が特に大きく隔たっているのだ。SNSにしても、私は自然に使っているのではなく、使わされている奴隷に過ぎない。

華道教室(実家)の庭には、昔からドクダミが繁茂する。私が怪我をして帰宅すると、祖父がドクダミを火鉢で焦げないように炙り、クタクタになった葉を重ねて傷口に押し当て、ガーゼを被せてくれた。「この葉っぱ、何?」と聞くと、「ジュウヤク」と一言。「どうして効くん?」と聞くと、「この葉が悪い汁を吸い出す」と言う。「なんで吸い出せるん?」「昔からそうなっとる」「ふーん」。祖父から私への、十分な情報伝達であった。

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