見事な完璧さの孤独 250723
2025/7/28
またしても料理の話。ある一皿が見事に完璧な美味しさだとする。すると、他の料理と合わせると、その完璧な味が乱されることになる。完璧な“それ”は他の何者をも拒否してしまう孤高の身であり、他者との協同や共存は必要ないよと高飛車だ。強いけれど残念ですね。
コース料理や懐石料理は、味が濃いもの薄いもの、味が尖ったもの丸いもの、一皿ずつにいろいろな個性があってこそ全体の陣形が整う。漫才でも、ボケとツッコミの役割がうまく機能してこそウケる。だから、いけばなにおいても、尖っていたり凹んでいたりすることで、その部屋のインテリアの別の要素と補い合って完成度を高める。ボケてもいいし、ツッコンでもいい。
これはあくまでも私の場合であるが、人間に対しても、見事に完璧な美人は記憶に残らない。面白味がなくて、要はつまらない。
いけばなの面白さは、自然に生えていた姿とは似ても似つかない枝葉の様子に凝縮される。もちろんTPOはわきまえた方がよく、一般家庭で一般的なお客様を迎えるならば、爆笑問題のような存在感の強いいけばなは避けるべきかもしれない。