遊び人になりたい 250825
2025/8/27
私がいけばなをやっている深い意味は、自分にもよくわからない。「遊びだよ、遊び」と言ってしまうと、一人遊びに逃げているみたいで、いけばなを一緒にやっている人の一部から無責任極まりないとヒンシュクを買ってしまいかねない。
私自身が楽しんでいることは否定できないし、自分のためでもあるということは間違いない。ただ、はじめは楽しく一人遊びをしていたものが、だんだん一人ではなくなってきて、ついには、花が私に奉仕するのではなく私がいけばなに奉仕しているような感覚になることも出てきた。
さて、仕事ということになると、必ず責任が問われる。使命感とか、役割とか、目標とか、ワーク・ライフ・バランスとか、コンプライアンスとか、利益とか、チーム力とか、いろいろな角度から見てみなくてはならない。
だいたい、ホンモノの芸術家は、昔から実生活が苦手だった。日本のムラ社会では、バクチ打ちや遊び人も非適合者でしかなかった。それでも半分隠居の身の私は、「遊びだよ」と言って、実生活適合者をケムに巻いてやりたい気持ちが漏れ出してしまうことがよくあるのだ。