母の日記 250901
2025/9/2
実家の押入れには、まだ整理のつかない書類や手帳(父母が遺したもの)があって、こんど母の十七回忌を迎える前に少し手を付けてみようと思った。十三回忌のときは、母が晩年描いたり出品したりしていた油絵の額縁を十数点、彼女の母校である内子高校の美術部に寄贈に行った。絵は手元に置いてあるが、絵から何かを読み取るのは困難だから、再び押入れにしまってある。
黒表紙の大きめの手帳を開くと、弟が生まれて数か月間の家計簿がわりの日記だった。弟が大阪の病院に長期入院しなければならなくなって、私が五十崎の祖母宅に預けられた状況も改めてわかった。
しかし、母や親戚から聞かされて思い込んでいた内容とは、少し食い違う内容も多かった。私の幼少年時代の記憶はおぼろげで、ひょとしたら、ほとんどが夢で作り上げた仮構かもしれない。
私のいけばなも言わば仮構だ。野にある花は実在でも、いけた花は想像力によるしつらえだ。仮構ならば、現実の足枷を振りほどいてもっと非現実的であっても構わない。現実が強固だとしても、未来から振り返ると、それは溶解しているだろうから。