純化 250917
2025/9/17
いけばなのアプローチでの1つに、「単純化」がある。工業製品の大量生産では必須の条件なのだが、いけばなで言うところの単純化は、工業製品の生産における単純化とは意味が異なる。
草月における単純化は、「それ以上省略すると、その植物素材ではなくなってしまう、いけばなではなくなってしまう、というぎりぎりまで作品のあり方を考えていく(『草月のいけばな』より抜粋)」ということで、「最少の要素で最大のものが表現されていなければ(同抜粋)」ならない。俳句的といえば俳句的だと思う。
この作業は、不用な枝葉・無用な枝葉を削ぎ落し、残す枝葉を切ったり曲げたりして強調するというものだ。これを単純化と呼んできたのだったが、単純化という語句には効率化という概念が張り付いており、豊かさを増すという意味が足りていない。
そういうわけで、単純化に代わる言葉として、「純化」を推したい。ただ、この語にしても、私にはまだフィット感が薄い。純に磨くと同時に複雑さも増すような、相反する成果を実らせる感じである。磨いて開かせる大吟醸酒を造るやり方のイメージだ。