余韻 250921
2025/9/21
東山魁夷画伯が、自著『日本の美を求めて』の中で、土佐派の絵師・土佐光起の言葉を引用している。「異国の絵は文のごとく、本朝の絵は詩のごとし」「漢画は正なり終なり、真なり実なり」
これを読んだ画伯は、漢画には一種の執念ともいうべき徹底性と迫真的な写実力があると再認識する。対して日本の絵が持つ「ふんいき」「うるおい」「やわらかみ」「情趣」などが、日本人の好みに適しているのではないかと思う。
ここで私は、終活の一環で手放した中国の戯画本『西遊記(悟空の妖怪退治)』があったことを思い出した。漫画ながらも、竹ペンで描いたようなモノクロの絵の線が素晴らしく、製本をほどいてバラバラにすれば、全ページが額装に堪える出来映えだった。あの線はしなやかだけど鋼のように硬い芯があり、撥ね・留め・払いなどの部分が、中国徽宗帝(12世紀初め北宋)の文字のように強く神経質だった。
壮年期までは、ある種の強さが感じられるものに惹かれがちだったが、ここに至って、だいたいぼんやりしたものに惹かれる。視力の衰えに応じた、おぼろげな輪郭や余韻が好ましい。