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いけばな随想
diary

一期一会のいけばな 240206

2024/2/8

私がいけばなを始めた頃、デジタルカメラは普及しておらず、フィルム現像式の現像料金が高かったため写真はほとんど撮っていない。だから、お稽古でいけた習作はスケッチで書き留めていた。その紙の記録が、今も手元にある。

もっと昔、私は拙いロックバンドを仲間と一緒にやっていた時期がある。その頃の録音カセットテープが、今も手元にある。

音楽は、その昔、演奏の記録が残せるようになって、その性格を変えた。一握りのパトロンのための音楽が、大量消費のコンサートになり、そのライブ音源が複製によって大量消費されるようになった。また、本末が転倒し、不特定多数の世界中での大量消費を前提とした音楽が、記録媒体の複製用にスタジオで人目に触れず演奏されるようになった。

絵画でも、昔から版画という複製芸術が成立したように、音楽でも絵画でも記録と複製の技術によって、作品の数量と寿命が大々的に伸びたのである。

悲しいことに、いけばなは、いけ終わった瞬間から死にゆく滑り台に身を任せる。記録も複製もできないし、そもそも「完成の瞬間」を固定できる性質ではない。

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