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いけばな随想
diary

単純化を目指す 240423

2024/5/6

 私のように「あたまでっかち」は、何をするにもあたまで考えることが前のめりになってしまう。「下手な考え休むに似たり」という諺を地で行っているのだから、やりきれない。下手な考えは尽きることなく湧き出て、樹形図を描くように増殖していき、あたまの中がいっぱいになってついに混沌が訪れる。
 草月のカリキュラムには、「単純化の極」がある。建築でも映画でも、どんなに大規模であっても壮大であっても、組み上げられたピースの1つひとつは単純なモジュールであることが多い。複雑怪奇に見えるものであればあるほど、単純なモジュールの組み合わせだ。単純でないモジュールの組み合わせに取り組むと、サグラダファミリアの建築のように、何百年もかかってしまう。
 で、行き詰ったときこそ、単純化に立ち返るのがよい。あたまでは分かる。しかし、先般のいけばな展でも感じたことだが、人目に晒す作品は、たいてい単純化できていない。「単純な」作品を見せるのは恐怖でしかないのだ。あれこれ考えて、あれこれ足し過ぎてしまう。身につまされて理解できる。
 単純化は、憧れである。

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