国際的いけばな 240823
2024/8/23
世界を知るために、少年の私は世界地図帳で勉強した。世界を知るために、英語も勉強した。そうやって知識を広げてきて、大人になってからは実際に外国へ行ったり、ホームステイを受け入れたりして、拙い英語でコミュニケーションを取る努力もした。
知識と体験で少し世界を知ったとき、足元の日本のこと、身近な松山のことをあまりに知らない壁に当たった。京都のことも福岡のことも知らないし、新居浜のことも宇和島のこともあまり知らなかった。地理的なことだけではない。天皇制のこと、自衛隊のこと、茶道や歌舞伎のこと、神楽や密教のこと、浮世絵や源氏物語のこと、歴史も伝統文化も知らなかった。華道にも床の間にも興味はなかった。
知りたいという欲求は、関心を広げていく作業と、狭めて深めていく作業の両方によって満たされる。広げないと相対的な位置取りが見えないし、深めないと語るに足りないということになる。
パリ五輪で、柔道の審判やその判定に意見が噴出したが、国際化においてそうした現象は想定内でなければいけない。いけばなの国際化も進んでいて、華道も変化する。