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いけばな随想
diary

弘法筆を選ばず 250329

2025/3/29

 無理を承知で書道と華道を見比べると、紙に対して筆によって墨で書く書と、花器に対して鋏によって花をいけるいけばながある。弘法大師ほどの達人になると筆に頼らないでも見事に書き上げられるという意に対しては、いけばなの達人は出来映えを鋏のせいにしないということになるが、それでは深みに欠けるので、「筆を選ばない」に対して「花を選ばない」ということに置き換えようと思った。
 ウエディング・ブーケなどハレの場面では、トルコキキョウやバラやランの仲間などの人気が高い。花そのものが持っている華麗さや高貴さなどは、そこに立っているだけで目立つ女優のような存在なのだ。
 一方で菜の花や虎の尾のような、ハレのイメージを持ってもらえない花たちがゴマンといる。いけばなの原点は、身の回りの花々をいけるところに発しているはずなので、どちらかといえばケの花材を用いていけてきたし、表現の方向として侘び寂びが意識されてもきただろう。
 他人の持っている先入観やイメージを捻じ曲げることはできないが、ケの花の魅力を見つけ出すような姿勢を忘れないでおきたい。

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