汀州Japanlogo 汀州Japanlogo

いけばな随想
diary

花器 231215

2023/12/15

 買ってしまった。また、花器を買ってしまった。
 もともと私は「器」が好きで、香合や文箱などの蓋物を見ると眼が泳ぎ、いつの間にか財布の蓋を開けているという暗示にかかるのだった。
 だから、花器も、水盤のように口が大きく開いて隠し事が何もない器より、口をすぼめて中の様子が見えない器が好きだ。
 器はもともと空っぽで、何かが入るために作られている。水盤には申し訳ないが、明け透けな大きな口では、入ったものがすぐに出て行ってしまいかねない。口をすぼめた花器の場合、入るためには相当な努力が必要なので、そんじょそこらのいい加減な奴はさっさと諦めて入ってこない。かといって、入った場所に執着するでもなく、出るのは簡単で、神様も1年に1度しか神輿に帰って来ては下さらないのに、数日で出て行ってしまわれる。
 しかし、水盤には応用力がある。足を広げた花もいけられるし、足元を絞った花もいけられる。口の小さい花器の場合、足元を広げると、花材が花器の外に出てしまう。すると、大小の関係でみると、花器に花をいけるというより、花に花器をいけることになる。

講師紹介