離島の分校 240725
2024/7/26
昨日の愛媛新聞の第一面に、岐阜県から愛媛県の離島の分校に進学した、1人の高校生の記事が載った。この話題が第一面に掲載されたのは、新聞社としても相当に気持ちが入ったのだろうし、分校も島も嬉しかっただろうことが想像できる。
小学6年時からその分校に憧れていたという彼女の情報への接し方、感じ方、行動力、価値観等々、記事を読んだ私も驚きと共に嬉しくなって、妻に読み聞かせたくらいだ。
グローカルという造語は20年も前から使われていたが、「地理的に国境を越えたインターナショナルさを備えた地域的視座」くらいの意味合いだった。彼女の場合は、縦横斜めに複数の次元を一気に突破し、時空も思想・哲学も超えた本物のグローカルさだと感じた。
私は、田舎を賛美する傍らで都会に憧れ続けてきた。田舎には何か不足があり、都会には充足があるように洗脳されていたことを否定できない。いけばなというものが都会的趣味に陥ってはいけないし、田舎だからどうだということではなく、花材も花器も、センスも状況も、ハイブリッドでグローカルな取り組みの土俵にしたいものだ。