不完全作家 250913
2025/9/13
協調性を重んじるなら、手間なことをやらなければ成立しない。同意や共感を得たいなら、常識的な様々の要請に応える努力が必要である。そんな労力を自分に対して義務化するかどうか、これは作家としての自己プロデュースの方向性を左右する。ともすればプレーヤーでなく、ディレクターの側に近寄る。
人は誰でも、意図した何者かになれる。作家という肩書も、自己責任と自己の権利で表明できる。私も、しばらくのあいだ副業として恐る恐るいけばな作家を名乗っていて、生業を退職して今や専業いけばな作家を名乗っても構わない身分になったが、名刺に作家と書くのはためらわれる。偽者ではないから堂々と書けばいいものかもしれないけれど、自分の不完全さを自覚している以上、胸を張れない。
世の中には、未完の作家も数多くいる。学生時代に美術部員だったり演劇部員だったりした私は、未完の画家であり、未完の俳優でもあった。20歳代後半には、自室に希少品や珍品を並べて「百物館」館長を名乗ったこともあったなあ。
さて、今後のことである。不完全ないけばな作家の私の行く末や如何。