作品の消去 250916
2025/9/16
記憶しておくべき自分自身の作品は少ない。今や恥ずかしいだけの稚拙な作品にこだわることは、続けなければならない航海の途中、寄港した港に錨を下ろしてしまうようなものだ。
自分の作品だけでなく他人のいけばな作品も、片っ端から撮り溜めてきた。スマホの膨大な画像をさてどうすべきか。ということで、私は私の基準で、撮り溜めたいけばなの画像を少しずつ捨て去りながら、自分の好みを広げたり狭めたりしている。
人類史で、図書館が果たしてきた役割はとても大きい(私も青年期までは大変世話になった)。しかし、図書館が書籍を収蔵するだけで一切破棄しないとすれば……それは無理だ。すると、誰がどんな権利で捨てるものを決めるのか。制度上は決まった手続きで処理されているにしても、取捨選択の基準など、ほんとうは誰も決められないのではないか。
私が捨てられないのは、図書館にあるような、いけばなでいえば1冊の作品集、音楽でいえば1枚のCDやLPだ。一定の意図で編集された作品集は、作品制作の意図と編集の意図が二重に張り付いているからか、捨てるに捨てられない。