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いけばな随想
diary

境界にて 260108

2026/1/9

 表現行為は、爆発力0%から100%のプラスの範疇で行われる。外に出さず内に沈むマイナス表現というのは想像しにくい。ひけらかす欲望がアクセル全開のとき、制作者は大満足でも、見る方は「見ちまったぜ!」という後悔に苛まれるかもしれない。反対に、アクセルを踏み込もうとしながら、抑制のブレーキを全力でかけてしまうと、表現行為は1mmたりとも進まず、制作者は悶々とした時間を過ごすことになる。他人にとっては、無駄なものを見ずに済む。
 自己表現欲求のアクセルと社会的自制心ブレーキとのバランスで、結果としての作品ができる。いけばなは、純粋な芸術と比べるとブレーキがかかっていることが多い。私の中では、神社での献花に最もブレーキがかかっているのは致し方ない。
 一般的に、茶室における花、卒業式での花、旅館の玄関の花などなど、そこに集う人々は芸術作品の鑑賞に来るわけではない。そしてもう1つ寂しいことは、いけばな展であっても、来場者の多くは芸術作品の鑑賞に来る感覚ではない。
 いけばなは、芸術と生活の波打際で、泳いだり浜に上がったり、忙しくしている。

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