暗示(2) 251109
2025/11/9
昨日のいけばな展は、草月会広島県支部長の先導で2時間半かけて見て回った。話もたくさんして飽きることがなかったのは、会場に“暗示”がたくさん潜んでいたからである。
最も大きな暗示は、いけばな作品を通じて何かを訴えるのではなく、いけばなそのものを訴えることが力強いということ。いくつかの作品の全体や部分が私の気を引き、特に花材の一部として使われていた木材やアルミニウム板や真鍮の細釘などの古びた質感が、何ともいえない郷愁や時間の重みを感じさせてくれた。
評論が、言葉によってある特定の問題意識を伝達するスタイルだとすれば、小説は、限定し切れない大きな主題を言葉の隙間に沁み込ませたもの、そして詩は、言葉そのものを味わえというようなものだろう。詩には既に世界が詰まっていて、その向こう側に、現実世界における課題など想起する必要がない。
いけばなは、私が誤解していたより、もっと直接的に表現した方がいいと思った。言葉それ自体にこだわる詩のように、花の魅力を再発見しつつ、それらを組み合わせで創造した目の前の作品を直感的に味わいたい。