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いけばな随想
diary

いけばなは空気の入れ物 240221

2024/2/29

いけばなは、土や鉄で作られた彫刻(密度の高いボリュームをもった作品)に比べて、密度が低い。密集しているように見えても、枝と枝、葉と葉の間には、何もない空間が秘められていて、それは、花材の分量よりも遥かに大きい“余白”である。

自然界で大地に生育する木々も、風が抜ける空間がなければ、虫がついたり腐ってしまったりする。

空間を抱えている点で、木々は入れ物の性格を持っている。隙間だらけの解放された入れ物なので、どこからでも小鳥が入っては出ていく。季節ごとに、いろいろな鳥がくる。近所に暮らす猫も、時折葉の繁りの中で休んでいる。さては、獲物の小鳥を狙っているのか? そしておそらく、たまに神様も降りて来られるのだろう。それで、大昔から、木々が神様の依代とされてきたのかどうかは知らない。

話を元に戻すと、いけばなは空間を大きくつくっていく。自然界の木々に倣って、いけた枝や花で空気を大きく取り込んで、そこに気配を宿す。私は太極拳を知らないが、イメージとしては、自分の体ではなく植物の体を使って太極拳をしているようなイメージもある。

入れ物 240220

2024/2/29

臭いものに蓋をすると、臭わなくなる。逆に、何も入っていない容器に蓋をすると、何か入っていそうな気配を感じ始める。蓋をしたときには入っていなくても、しばらく(少なくとも数か月)すると、何かが遠いところから入ってきているように思えて、確かめずにはいられない。

私は蓋物が好きで、広義には、外から中が見えない入れ物が好きだ。だから、箱も好きだ。文字としては、箱よりも筐、筺、匣などのほうが、大切なものの入れ物らしい字面をしていて思わせぶりである。中身がわからない、または入っているかどうかもわからない入れ物からは、様々な想像の産物が匂ってくる。

しかし、茶器や花器が入った桐箱などは、いちいち紐をほどいて開けたり、薄紙や布をはぐって器を出したりするのが面倒くさくて、私はほとんど棄ててしまった。中身と外箱が一体的な関係の場合、その箱は機能性が優位に立って、後々に“神様”などが入って来られる余地がないからつまらない。

いけばなでは、花器に花をいけるが、必ずしも入れ物が花器である必要はなく、花をいけたら、どんな入れ物でも花器になる。

心の余裕(2) 240219

2024/2/27

仕事人間の立場では、とかく効率や合理性を求める。しかし、行為の向こうにゴールがないいけばなには、効率や合理性は不要だ。

かつて、仕事が忙しく、とてもいけばなの稽古どころではないという境遇の時、先生はいけばなに妥協を持ち込もうとする私の態度に容赦なかった。「仕事はなりわいで、いけばなは趣味じゃん」という優先順位を、私の先生は絶対に付けさせてくれなかった。先生にとって、いけばなは趣味ではなく人生だったのだと思う。

おかげで、仕事のハードワークにいけばなのハードワークが加わり、私の時間はどんどん私のものではなくなり、病気を誘発する一因になったかもしれない。ちなみに、私の先生も、その後心臓を悪くしたり大腸が破裂したりしている。

さて、私も歳を取り、いけばなとの向き合い方が変わってきた。没頭する時間が増えた。集中と非集中の強弱によって、どちらの場合にも余裕が生まれてきたと感じる。

いけばなで仕事をしなければならないとか、いけばなを仕事にしなければならないという構え方がどうでもよくなり、心に余裕が生まれているのかもしれない。

心の余裕(1) 240218

2024/2/27

受け身で待っていても余裕は生まれないことを、私は60余年かけて学んできた。小さな物事に目が向かないのは心に余裕がないからで、私は若い頃は特に、経済的余裕のないことが心の余裕を失わせることを繰り返した。

私は大学で演劇をしたりバンド活動をしたりして、上辺では貧乏臭い文化人を気取りながら、心の中は少しでも多くのお金をアルバイトで稼ぐことで占められていた。だから、お金と時間を使う一方の芝居やバンドを、最後にはどちらもやめてしまった。

私は1983年に働き始めて、お金の量と幸せの量が比例する錯覚に囚われ、その後ワーカホリックの象徴的サラリーマンとなって42歳で急性心筋梗塞を患い、45歳の2度目の手術でリタイアした。

一方、私は40歳でいけばな草月流に入門していたが、当時は心に一切の余裕がなく、いけばなが自分の得になればいいと考えることはあっても、いけばなのために考えることはなかった。何か仕事の役に立つのではないかという期待はあまり実現せず、皮肉なことに、やればやるほど実用性から遠ざかり、私は使えない文化人になるのだった。

空気 240217

2024/2/27

愛媛新聞カルチャースクールでいけばな講座を開こうと思い、それから1年が経過した。去年の春と秋に受講者募集をしたものの、2度とも応募者がなかった。1回目は、気軽さを前面に押し出した「いけばな」のPRで空振りし、2回目は、小さないけばな「ミニアチュール」でマニアックに攻めるも無反応だった。

受講者に応募していただきたいという共通の目標に向かって、募集内容については、カルチャースクール事務局の方と入念に意見交換をする。その相談の過程で、「これで応募が来そうだ」という空気が両者の間に漂ってきて、広告原稿は校了となる。ところが、世間は異なる空気に満ちていて、我々の思惑は霧となって吹き消されるのだった。

そこで今春の募集は、新しさよりも古さを売りにしてみようと、ちょっと硬く「華道」路線に切り換えることにする。

私は以前、広告会社にいた。流行は、マーケティングの様々なデータで解析できるかもしれないが、「空気」は正体不明である。肌で感じたり直感でわかったりするもの、それが「空気」だ。「華道に向かう空気」が漂ってこないかなあ。

講師の事