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いけばな随想
diary

いけばな教室の庭 231009

2023/10/9

 いけばなの生徒さんから、「庭先をもっと綺麗にしておいた方がいいんじゃないでしょうか」と指摘されました。自分でも気にしていたことなので余計なお世話だとも言い返せず、「うちはアトリエだから。要は作業場なんだから」と負け惜しみを言ったり、「紺屋の白袴」を引き合いに出してみたりと防戦一方。しかし、手抜かりはダメですね。
 教室は、実家を改装して使っています。駐車スペースを確保するために2棟の家の1棟は取り壊しましたが、祖父の代から植えられていた木蓮や百日紅、柘植、木槿などはそのまま遺しました。その後、行きつけの床屋でもらった紫陽花やクチナシを挿木したり、道の駅で買った桃の苗などを無計画に空いた地面に適当に植えているうちに、枝垂柳や野薔薇、シマトネリコ、アメリカハゼ、万作なども茂ってしまい、猛暑で手入れを怠っていると汚い庭になっているのでした。
 救いといえば、教室には看板を出していないので、通りがかりの人にはそこがいけばな教室だとは分からないことでしょうか。もう少し涼しくなったら、剪定を始めるつもりです。

無の用 220403

2022/4/3

『老子』十一章。……なかが“うつろ”だから、物が入れられる……「無」のはたらきがあるからこそ、「有」が役に立つ。4/23-24は草月会愛媛県支部の花展(松山市二之丸史跡庭園)だ。花展を前にすると、いつも作品テーマや花材を決める過程で右往左往する。心構えに余裕がないからだ。スーパーで買い物するときですら、マイバッグの中が空っぽであればあるほど物をたくさん入れられるというのに。

いけばなと「いえばな」 220227

2022/2/27

何らかの事情で余った花や飾り終えた花が、家に時々やってくる。あまり意匠をこらさないで、それよりもできるだけ捨てずに全部使って、廊下やリビングにいけさせてもらう。漁師は魚の肝や皮まで余さず使うとも聞くが、料理人は魚のおいしいところを選んで使い、あとは「まかない飯」に回すくらいで使い切るのは難しい。お酒もそうだ。大吟醸酒ともなれば、米はどんどん削られて使う部分は小さい。さて、まかない飯のような普段の「いえばな」にこそ、その人の趣味や本性が丸ごと表れていそうで、だから恥ずかしくて人目になかなか晒せなかった。

実体と気配 220130

2022/1/30

いけばなを始めて21年が経過しました。始めた頃から何かしら予感はありました。それは書道に通じるような気がしたことです。枝や花をいけた瞬間、周りに空間が出現します。紙に墨を置いた瞬間、余白が拡がるように……。枝や文字などの実体を取り巻く世界は、とりとめのない気配に満ち満ちています。私は、気配をいけたかった……今更ながら音楽もそうだった。歌詞で語り過ぎて気配のない浅薄な音楽は嫌いなのです。

いけばな仲間が増えました 220118

2022/1/18

昨年末に体験に来られた方が、年が明けて「始めることにしました」と言ってくれた。減ったら減ったで仕方がないけれど、増えたらやっぱり嬉しい。

私の今年の書き初めは「真元」で、初心に帰り、いつも真新しくいたいという気持ちを込めた。だれの言葉か「答えがわかればそこで終わり、問いを持ったらそこが始まり」というのが華道だろうし、答えを探すより問いを探すよう努めてみよう。「あれば足りないものが見え、なければあるものを見つけられる」という謎解きにも問い続けてみます。

講師の事