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いけばな随想
diary

前景と背景 250117

2025/1/18

 今日、高畠華宵大正ロマン館のエントランスに、花をいけた。エントランスまでのアプローチが10メートル、途中にテーブル状の大きい庭石や砂利空間、屋外用テーブルなどがあって、どこにいけばなを置くか迷った。ちなみに、美術館や博物館では、生花をいけることによって、万一、収蔵物が虫や花粉の悪影響を被らないため、いけばなを屋内に入れないことになっている。
 さて、最終的に屋根の出っ張りがあるエントランスを選んだのは、この美術館が山裾の寒い立地なので、直接的な冷気で花が傷めつけられないようにという思いである。しかし、エントランスには、美術館の掲示物や傘立てがあるし、広い透明ガラスの壁にいけばなの背面も映り込むし、美術館内部の景色も丸見えというデメリットも大きい。
 また、アプローチから入ってくる客に対して、エントランスは45度の角度があるので、いけばなの正面をどちらに向けるかというのも問題だった。結局エントランスに対して正面を向けた。
 いずれにしても、いけばなは単体で完結するものでなく、前景や背景との複合的な空間がいけばなである。

助演男優賞 250116

2025/1/17

 30歳代の半ばから40歳頃まで、私は冷蔵庫と洗濯機とテレビなしで暮らした。
 冷蔵庫がない暮らしぶりとして、ビールを飲まない。冷えていないビールほど不味いものはない。大吟醸酒のように冷酒で美味しい日本酒も飲まない。では、どうするかといえば、ウイスキーやジンなどアルコール度数の高い酒を飲む専門家になる。それで、今でもウイスキーが7割という飲酒生活である。残り3割は日本酒で、幸い冷蔵庫のある暮らしなので冷やした日本酒も満喫しているが、体に染みついた癖でビールには手を伸ばさない。
 最近つくづく思うのは、酒にも主役を張れる奴と、脇役に甘んじる奴がいるということ。酒だけ飲んで美味いものと、料理や菓子を引き立てるものと、それぞれに魅力があることだ。
 いけばなは、主演したらダメなのかもしれない。空間のしつらえの一部として、脇役の振る舞いが求められてきたのではないだろうか。絵画などは、タレントとして様々な場所に神出鬼没するのが役割でもあるが、いけばなは主演俳優を迎え入れるための、場の提供者の役割を果たさなければならないのだろうか。

いけばなごっこ 250115

2025/1/15

 いけばなの稽古で、面白いやり方がある。批判があるかもしれないが、聞こえないふりをしておく。
 そのやり方というのは、自分が誰か別の人になったつもりで「あの人ならどういけるだろう」とチャレンジするのだ。一緒にお稽古をしている人がいたら、互いに誰になったつもりでいけるかを教え合ったうえでいける。恥知らずと腹をくくって、「家元ごっこ」をするのがいちばんエキサイティングだ。気が引けるなら「総理大臣ごっこ」や「アントニオ猪木ごっこ」、「MISIAごっこ」や「明石家さんまごっこ」など、著名人で遊ばせてもらうのが特徴を掴みやすく、想像も羽ばたかせやすい。
 テキストに沿った稽古には、安心と保証がある。安心というのは、多くの人と同じように習っていること。伝統にのっとっていること。誰からも後ろ指をさされないこと。保証というのは、テキストの修業によって確実に段位が取れること。
 私は、小中高校で文部科学省が認めたり教育委員会が定めた授業を受けた上で、そういう教育に異を唱える人からもたくさん教えられる機会があった。幸せだったというしかない。

力の出し入れ 250114

2025/1/14

 いけばなは引き算である。これは最終的な決め文句だ。しかし、いけばな制作において、始めに花材を足さずにおいて引くことができないのは自明で、作業は足したり引いたりしながら進んでいく。
 いけばなは強弱、疎密で成り立つ。これも最終的な決め文句だ。1枚の絵画を見ても、描き込んでいる部分と意図的に描き込んでいない部分があるのに気付かされる。音楽を聞いても、音の密度差や大小差、高低差などによって、単なる音が音楽として成立する。
 制作する側の人間についても、力の入れ加減をコントロールできるかどうかで華道家になれるかどうかが決まる。ずっと入れっ放しだと、繊細な花茎を折ってしまったり潰したりしがちなものだ。力を入れっ放しだと、作品も息のつけない重い感じになるものである。
 自動車の運転も、アクセルとブレーキを組み合わせて走りを整える。何かを成したり、何かを行うとき、相反する力を総合することが大事だ。カーリングやビリヤードは、まさに力の出し入れが求められる競技だ。力で押し切る場面と、狙ったポイントに誤差なくスッと止める場面とが両極端だ。

重力の風景 250113

2025/1/13

 高度1万メートルの飛行機から見下ろすと、青い洋上に浮かぶ島が黒い点に見える。目に入る対象への距離が遠くて空間が大き過ぎるから、あまり重力を感じない。
 ところが、飛行機が陸地の上を飛ぶときには、高度が同じでも海と違って景色に凹凸が多く目測の対象が増えるせいか重力を感じる。電車やバスなど地上の交通機関に乗ったときには、目に映る景色は完全に重力に支配されている。乗り物が止まって景色も静止画になると、風景にかかる重力はぐっと重くなる。
 さて、いけばなは、重力場で制作する。生花を使うとき、どうしても花器に水を入れなければならず、それがこぼれないようにしなくてはならない。重力に反した花をいけようとすると、水の問題をまず解決する必要があるのだ。
 水の次は花材である。枝や茎を重力に逆らって剣山に立てたり花瓶に立てたりして、好みの角度に保たなくてはならない。直立させるのが最も安定した姿勢である。角度をつけて寝かせれば寝かせるほど、重力の影響をもろに受ける。体操選手のように、重力に逆らったり耐えたりする姿勢に、人の目は釘付けになる。

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