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いけばな随想
diary

平和 241224

2024/12/24

 日本と日本人は平和を享受している。詳しく書くには字数が足りないが、スリランカに旅行して北部へ行こうとしたら、反政府組織「インド・タミールの虎」が爆弾を仕掛けている恐れがあるとして行けなかったし、香港では「雨傘運動」の大規模デモ行進にちょうど行き当たったし、バリでは、私たちをガイドしてくれた人が2年後に爆弾テロの犠牲で亡くなった。ニューヨークやアルセイユでは、そっちの一角は危ないから立ち入るなとガイドに制止されることも多かった。
 最近の日本は十分に危なっかしくなってきたとはいえ、20世紀までの日本は、世界的に見て安全な国だったことは広く認められている。
 そんな日本で発生し育まれてきた華道、茶道、書道や様々な武道は、対人的に優位に立つことよりも、自分自身の人生を究める側面が強かったと思う。ウクライナやミャンマー、アフガン、パレスチナなどの国や地域では、戦争や紛争に晒されているから、他人との争いをほったらかして自分を究める余裕などないだろう。
 いけばなをしていられる環境や境遇に感謝しなくてはなるまいと思うこの頃である。

ピアニッシモ 241223

2024/12/23

 私の薄っぺらな音楽知識でも、フォルテとピアノの弾き分けが十分でなければドラマチックにならないことを知っている。それは、学生時代に演劇サークルに所属して、舞台美術だけをやるはずだったのを騙されて、1度だけ舞台に立った経験が教えてくれたからだ。
 私は新米の大根役者で、大きい声を出さなければ客席の後ろの隅に届かないだろうと考え、どんなセリフでもフォルテかフォルテシモで応援団のように声を張り上げていた。すると、セクシーな先輩が私の肩に手を掛け、「大事なことは密かにささやくものよ」と私の耳に息を吹きかけるように言った。その後、ささやく小声から大声に切り換えたとき以上に、大声でがなり立てていたのが急に小声になったとき、観客は耳をそばだてて聞こうとしてくれることを理解した。
 だからいけばなでも、フォルティッシモからピアニッシモまで表現の幅がある。1つの作品でその幅を表現することは難しいが、いけばな展の会場レイアウトとしては、大作、中作と小作が上手に配置されると、大小、強弱の変化に富んだ音楽的表現に近付けるのではないだろうか。

物真似 241222

2024/12/22

 創造性を問題にするとき、物真似は否定されがちだ。しかし、私のいけばなは草月テキストの型を習うところに発して応用に至っているから、相当程度の物真似の上に成り立っている。
 また、いろいろな展覧会に行って、他人の制作方法や制作技術に驚いたり悔しがったりすると、帰ってからそのやり方を頭に焼き付け直して、いつかどこかで使ってやるぞと意気込む。この真似事は、物真似というか事真似である。
 人間は、たいていのことは親を真似て成長する。学校で先生や先輩を真似て成長する。電車の中で出会った人を真似たり、ペットの犬を真似たり、人によっては犯罪を模倣してしまったりもする。真似をすることなしに創造力だけを高めることはできないというのが、私見である。ただし、成人してからは、自分の考えもなく猿真似をすることは避けたい。自分の意思をしっかり持って真似る対象と内容を選ぶならば、その物真似はとても創造性のあるものになるだろう。
 いけばなの場合、なかなか猿真似ができないのは、同じ花を使っても花材ごとの個性が強いため、結局は異なるいけばなになるからだ。

脱線 241221

2024/12/22

 ガマの油売りという大道芸が近頃ほとんど見られなくて残念だが、「さあさあ、お立ち合い!」から始まって、刀で紙を切り刻みながら「1枚が2枚、2枚が4枚……」と群衆の目を引き、紙吹雪を舞わせて喝采を浴びつつ腕に刀傷を負ったフリをして、ガマ油の軟膏でその傷を治す見世物である。薬を直接アピールするのではなく、薬を売る目的に対して考え得る限り遠回りしているとしか思えない脱線ぶりで、結局売ってしまうスゴ技だ。
 高額な保険の営業や車の営業などでも、さりげない会話から客の顔色を見ながら販売行為につなげていくが、ガマの油売りの場合は、しょうもない商品の付加価値としていたものが逆転して本来的な価値となり、芸が商品で薬はオマケという具合である。最近人気の観光列車というのも、乗車券の値段よりも車中での飲食代の方が高かったりして、商品価値を付加価値が追い越してしまうような例は枚挙にいとまがない。
 中学校や高校の授業で記憶に残っているのは、たいてい先生の話が脱線していたものだし、いけばな教室も脱線すればいいのかどうか、生徒さんには聞けない。

〇〇好み 241220

2024/12/21

 草月の花器の裏側に、「蒼風好み」とか「宏」と記されたシリーズがある。初代家元と三代目家元が好んだものであるというしるしだ。
 私には自分がつくって他人に使ってもらえるような花器はないので、今後自分が制作して人前に出せるような自分の花器を手にしたいと思っている。これまでも、何度か地元の砥部焼の施設で創作体験をしたことがあって、頭の中には素晴らしい花器の構想があるのだが、成形してみるとイメージとは程遠いものになる。
 衣料や小物でも、オリジナルブランドを取り扱う店と、様々な商品を仕入れたセレクトショップとがあることを参考にすれば、花器についても自分で頑張るのもいいが、好きな花器を1つひとつ丁寧に買い集める方が、より質の高いものに囲まれて確いられる率は高いようにも思える。
 しかし、花器も花材の一部だという考え、つまり、花を花器にいけるのではなく、花器もいけばなの一部としていけるという考えに基けば、花器も自作である方がより好ましいということである。いずれ「汀州好み」の花器が世に出るかもしれないことを、自分で楽しみにしている。

講師の事