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いけばな随想
diary

いけばなのゴール 250712

2025/7/22

 たとえば大学受験。ゴールは入学試験の合格。これは、自分自身では難易度も日程も調整できない。たとえば営業活動。ゴールは契約締結。これになると、自分がより積極的に関わることで、大きい仕事にもできるし日程を早めることも、契約期間を長く取ることも不可能ではない。ゴールを具体的に設定しましょうというのは、ビジネスの世界でよく言われた。
 では、習い事はどうか。これは、他人から手ほどきを受ける場合もあるし、自らが手習いを継続しているような場合もある。草月のカリキュラムは体系的にできているので、当面のゴール設定はやりやすい。ただ、人生のように広く長い目でゴールを見通すこともあるだろう。また、先生に付かずに、しかし1人で毎日いけばなをする、ゴールなんてそっちのけの「一人家元」みたいな方もいらっしゃる。
 生まれた人間は確実に死ぬが、イメージするゴールは人によって異なる。生物学的に死ぬ瞬間を思い浮かべたり、信仰によって照らされていたり、戦争状況に置かれていたり、「幸福な人生」は人さまざまだし、まず、幸福な人は「幸福」を言葉にしない。

いのちの長さ 250711

2025/7/22

 あと何年で死ぬかと考えても、死ぬ時までわからないことがわかっているので、すぐに頭を切り換えることが推奨される。しかし、いけばなをいける時はかなり厳密に考える。
 植物としての花は、種子が発芽してから切り花になるまでに数週間か数か月間か生長してきた。そして切り花として1つ目の人生に区切りをつけ、いけばなとして2つ目の人生を送るのだが、いけばなのつくり手は撤花の日時を決めて臨むことも多く、神の見えざる手というのか死神の計画というのか、おこがましくも花の命を彼が決定付けるのである。
 私の庭先では、拾ってきた流木や剪定した枝を天日干ししている。雨風に晒され陽に焼かれることを繰り返しても、1年くらいでは音を上げないどころか、死んでいるのにますますふてぶてしい。彼らの一部には、いけばな展などで私にこき使われて、3度目4度目の人生を送る者もいる。
 死んだように見せかけて、二度三度活躍する彼らは、最後には美味しいところを持って行くハリウッド映画のアクションヒーローのようだ。使っていない花器も多いから、みんなをヒーローにしなくては!

小さな変化 250710

2025/7/22

 いけた花が、少しずつ咲き開いていく。そして気付かぬうちに、1日、1日と萎れ始める。30分毎に見える花の変化は小さくても、丸1日の変化は目に見えて大きく、3日後の変容ぶりは計り知れない。
 4歳のウチの猫は、1歳になるまでの変化は大きかったが、2歳以降の体重はあまり変わっていなかった。ところが、この春から数か月で600グラムも太ってしまった。私の体重が4キロ太った時期と重なるという不思議は放っておくとして、日々全く気付かなかったのに、改めて4ヶ月前の写真と見比べると確かに大きくなっている。
 花であっても猫であっても人間であっても、相手をどれくらいの頻度で見つめるかによって、相手の変化に対する感じ方が違ってくる。小さな変化を見落としてばかりいると、気付いた時には取り返しのつかないことになっている(どうでもいい私の腹まわりの話)。
 かといって、四六時中、相手のことを見つめ続けるというのは偏執狂の域に達してしまうことにもなりかねないが、通帳残高や株価ばかりを見つめ続けている人に比べると、人生を謳歌していると言えなくもない。

消すということ250709

2025/7/22

 野山では無数の草花が風景を成しているので、目を付けた「その花」を撮ろうと思っても、上手に構図を決めなければ「他の花」も一緒に写って、どれを撮ったのかわからない写真になる。
 いけばなでは、「そこに」いけると決めるとき、背後にあるポスターがなければもっといいのにとか、横の本棚が邪魔になるとか、気になる物が周辺にいろいろあって困る。いけばなのために設えられた空間というのは、なかなかない。そう考えると、制約は多いとはいえ、床の間というのはありがたい空間だった。
 花をいけるとき、野山とは違って、「そこに」いけるならば「そこ以外」からは基本的に花を排除する。へそ曲がりな言い方をすれば、花をいけるということは、周辺空間から意識的に花を排除するということでもある。ショットバーでいけるときも、「そこ」と「あそこ」以外の花は排除する。
 ホテルや旅館に行って、ロビーや玄関まわりを見ると、そこの人たちがどれくらい空間に気を配っているかがよくわかる。自分のことは棚に上げて、気配りしている施設に共通するのは空間からの物の排除が綺麗なことだ。

着崩した花 250708

2025/7/22

 子どもの頃、私にはハンサムな友人がたくさんいて、彼らが羨ましかった。私は痩せてガリガリで、それも嫌だった。とにかく思春期である。少年にとって容姿は人生最大の問題で、完全無欠な人間に憧れた。
 憧れの対象の1人はドイツのサッカー選手で、後にドイツの代表監督も務めたベッケンバウアーだった。日本人の顏は、欧米人の顏には負けてしまうと感じていたし、雑誌のグラビアでもアグネス・ラムなどのエキゾチックな可愛さに目が引かれていた。
 海外旅行に行き始めたのが29歳で、その頃からやっと欧米コンプレックスが抜け、美意識や趣味も変化したように思う。きめ細かい完成度よりも、粗削りな素朴さに美しさを感じるようにもなった。偏執狂的な細密画も好きではあるが、これはダークサイドの趣味として秘めておきたい。
 草月のいけばなに入門したのは必然で、ほかの流派に感じる緻密さに対して、草月には気取らない雑さみたいなのがあって、その雑さというのは、一張羅の服を敢えて着崩しているようなカッコよさを私は感じたのである。ちなみに今は、ハンサムコンプレックスもない。

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