神社の花 250409
2025/4/10
いけばなは、時間を考える。いけばなは、そして場所を考える。
今回のいけばなは、愛媛県護国神社の春の慰霊大祭で本殿にいけた。毎月はじめに行われる献花祭を2度体験し(20年前にわけもわからず経験した1回を数えると3度、今回を入れると4度)、献花の意味をなんとなく感じることができ始めたかもしれないと思えるようになったところだ。初めのうちは神様への献花という一面しか見ていなかったが、今日は慰霊の意味合いも併せて考えられた。
難しく考える必要はなくても、考えてしまうのが私の性である。生身の生活者が見るいけばなと、霊魂や神様が見るいけばなとは違うものでなければならないだろうか? などと。出した結論は、華やかに、目に愉しく。とはいえ、華やかさにも上品さがいるだろうとか、楽しさではなく愉しさだろうとか、普段と違うことをするときは悩ましいものではある。
しかし、宝物だとか金目の物だとかがなかった時代から、花はあらゆる場面で贈り物だったと思う。どんな時もどんな場所でも、そこを彩る最高のアイテムであった。境内の桜が、まさに満開である。
スーパーの花屋 250408
2025/4/8
いつの頃からか、ほとんどのスーパーマーケットには切り花のコーナーがある。規模が大きいスーパーには有人店舗が設けられている。しっかり調査したわけではないので自信はないが、施設の玄関口の内外にスペースを持つ花屋は注目度が高く、客の寄り付きもいいようだ。
今日もスーパーで有人の花屋の様子を見ていた。さりげなく「サクラヒメ」の1束を手に取って値段を見て、高止まりしていることに気付いた。産直市の花卉売場では卒業式や送別会が終わり年度が変わった途端に安くなったのに、スーパーの売場はそうでもないようだ。
備蓄米が出始めても販売価格があまり下がらない米の問題とは事情が異なるだろうが、需要が減っても価格が下がらなければ売れ残ってしまうだろうに。花は米のように備蓄できないのが弱味だけれど、スーパーで萎れた花はどこへ行ってしまうのだろうか。誰か教えて欲しい。
ところで、花器はというと安く手に入る時代になった。まあまあの物が百均でも買えるし、かなり良いセンスの物が無印良品やニトリやハンズやDCMなどで買えてしまう。皆さん買ってください。
油断も隙もない 250407
2025/4/7
ウチの猫は1日中よく寝ている。体重変化も少ない。そんなぼんやりした猫を尻目に、キイチゴも紅花マンサクも1日で開花した。植物は動物に比べて生長速度は見えないくらい遅いかもしれないが、1年の周期性の変化はとても大きいし早い。
さて、花屋に先週八重桜があった。ソメイヨシノに比べて開花時期が遅い。だから今週も在庫として残っているだろうと思ったら、もうなかった。売れたのではなく咲き切ったのだった。そうだよね、冷蔵庫に入れてなかったよね。先週満開に近かったのだからさすがに散るよね。でも、予想より早くない?
自らの意思と力とで動けなくなった人に対して、植物人間などという失礼な表現がある。人間に対する以上に植物に失礼だ。植物は動かないという人間の傲慢な思い込みを打ち砕き、凄まじい攻撃力と展開力で植物は繁茂する。その一方、枯れるのも早い。庭の木蓮は、満開後2日でほぼ散りぬるを。
植物は、人間が予め用意していた答えに対して、たいてい裏切ってくる。だから面白いし、放っておけない。本当にそれでいいの? と熟考を要求してくる厄介な奴なのだ。
思い込み 250406
2025/4/6
いけばなをするとき、私がいちばん大事にしているのは「疎密」である。背景と作品の関係もやはり疎密の関係だ。この構え方は、主題(表現したいこと)に対してとてもこだわりのある手法であり、私はそれを当然あるべき表現のしかただと信じてきた。
しかし、人は歳を取り経験を積むほどに思い込みが激しくなる。その危険性を自分も感じるから、意識的にニュートラルな立場に身を置こうとは考える。思い込みの激しさは決め込みにつながり、迷惑な高齢者になり下がる。
音楽における十二音技法や絵画におけるオートマティズムなどのように、主題つまりちっぽけな個人の頭から生まれたものに拠るのではなく、もっと大きな無限時間や無為の広がりに託すような制作のしかたもある。
きょう生徒さんの1人が公共空間にいけばなを展示するにあたって、私のような個人がどれだけ他人の作品に関与できるものなのか、突然畏れのようなものを感じた。いけばなをする彼自身が置かれた緊張感の中で、私ではないもっと大きな何者かからインスピレーションを得て、より彼らしい表現ができるかもしれないのだ。
名前のない木 250405
2025/4/5
昨日のいけばなの主役は流木2本だ。その存在感の出方は成功でもあり、失敗でもあった。というのは、会場の他の人たちから「いい木(ボク)ですねえ」と頻繁に褒められたからだ。作品についての興味よりも流木に対する関心が上回ったというのが、私にとっては皮肉過ぎる出来事だったのである。
別の人からは「その流木は何の木ですか」「その流木はどこで手に入れられたのですか」とも聞かれた。きっと彼ら流木にも名前の付いた若い時代があった。それが枯れるか土石流に巻き込まれるかして谷に落ち、大雨と共にもみくちゃにされて流され、土砂に埋もれたまま数年を過ごし、何度かの大水で表土が削られてまた地表に顔を出したのだ(という想像)。
そうして、表皮が剥ぎ取られて堅い芯を残したその流木は、ついに名前を失って河原の隅に横たわっていたのを拾われたということだ。名前はなくなったが、出身は石手川上流の“木(ボク)”である。
私もいずれ名前をなくす。そうして誰かが発見してくれた時、愛媛県出身の“ヒト”だったんですねと呼ばれて、時間の流れの川岸に横たわっている。