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いけばな随想
diary

合作のいけばな 240415

2024/4/22

 いけばなには、複数人がリレー形式でいけていく「連作」の方式もあるが、ここで言うのは「合作(共同制作)」だ。
 演劇であれば、音響・照明など様々な役割の分業体制が敷かれる。しかし、いけばなにおいては、制作者全員が「プロデューサー」兼「監督」兼「脚本家」兼「運搬係」兼……の兼任なので、名前の出る制作者全員がみんな主役ということであって、主役の乱立はもう大変だ。
 大抵の場合は、資格や年齢などの微妙な力関係の影響によって、落ち着くべき所へ落ち着くことにはなるだろう。けれども、その差があまりない場合、自分を主張しながら他を尊重するという、ぎりぎりの駆け引きを静かに繰り広げることになるだろう。そのとき一番困るのは、メンバーそれぞれの主張よりも遠慮が勝って、つまらない成果に終わってしまうことである。
 そんなことを思うと、大きい作品でも、1人で制作する方がよっぽど楽かもしれない。または、ずば抜けた実力のある“棟梁”のもとにチーム編成するかのどちらかだ。空間に構造を組み上げていくという点で、大きい規模のいけばなは、建築に似ている。

自分は何者か 240414

2024/4/21

 一度は名乗ってみたかった「コンセプター」と名乗ることがないまま、人生も末期に差し掛かった。「アート・ディレクター」、「主任研究員」、「教頭」等々を名乗った内で、「プランナー」の肩書がいちばん便利だった。
「プランナー」として俳句といけばなをコラボさせた冊子の企画が通り、愛媛県文化振興財団から『百人一句』が出版された。国際俳句が盛んな時期でもあり、視覚的効果を高めて俳句への関心を広げる意図があった。いけばな師匠のお2人が、俳句から得たインスピレーションで花をいけ、その書籍に花を添えた。その1ページに、私自身の花オブジェも忍び込ませ、私のいけばなのキャリアが始まるきっかけとなった。
 あれから二十数年、仕事を辞めて、私にはいけばなが残った。
 私は、まだ「華道家」と名乗る自信がない。かといって、いけばなの領域を越えようとする自分もいるので、「いけばな作家」とも言いたくはない。
 暫定的に「いけばな草月流師範」を肩書にしていると、生徒の1人から、理事の資格をもっとアピールした方が、習いたい人にとっていいのだとアドバイスされた。

肩書の効用 240413

2024/4/20

 27歳の時、ホテルのチャイニーズ・レストランで、J.M.Hillsという会社の社長、三木清さんから「君は何になりたいの?」と聞かれた。その日の夕方、トムオウルという取引先を訪問した際、そこの社長から三木さんを初めて紹介され、一緒に晩ごはんを食べようと誘っていただいたのだった。
 質問に対して、私は「コンセプター」と答えた。「神様みたいなものか」と三木さんは微笑んで、「じゃあ、テレビも新聞も見ないようにしたらいい。神様はそんなもの見ないからね。君の目で直接見たものを大事にしなさい。セカンドハンド・ニュースから遠ざかりなさい」と言った。幸いにも、私はテレビを持っていなかった。
 数か月後、三木さんが松山に来られた際、私は新聞購読を解約したことを報告しながら、「プランナー」の名刺を出し、「コンセプターと名乗るのはおこがましくて……」と言い訳した。私は会社員だったので、本来は「営業」と名乗るのが普通だったが、「プランナー」を名乗ることで仕事の範囲が広がったのは間違いない。
 それが、後々、仕事といけばなをつなぐことにもなった。

守備範囲 240412

2024/4/18

 いけばなには流派がたくさんあるけれど、意識的に選択して入門した人と、いけばなを始めたら結果的に草月流だったというように、無意識的に特定流派に所属した人もいる。私は、始めたいけばながたまたま草月流だったというグループに属す。
 流派によって作風が違っているのは感じられても、並んだ作品を見比べて流派を当てるのは、利き酒よりも難しいのではないかと思わされる。草月流の方の作品かどうかも、たぶん当てられない。おそらく、草月流の守備範囲(創作が家元に許される範囲?)が、広いことに要因がある。
 もちろん、習い事である以上、草月にも「型」があって、それを大切に練習する。しかし、その先には、「場にふさわしい花をいけること」や「自分(の個性)が出てしまうものと覚悟していけること」が求められているので、その結果、表現の守備範囲が広くなるのだと思う。
 水彩画しか描かないという画家がいる一方、絵も描けば詩も書くという作家もいる。描きかた(方法)にこだわる人と、描くもの(表現内容)にこだわる人との違いが、制作の守備範囲に影響するのだと思う。

グレン・グールド 240411

2024/4/15

 31歳の絶頂期に“生演奏”活動をやめ、バッハを突き詰めて演奏したピアニストである。彼が、草月流三代目家元の勅使河原宏の監督映画『砂の女』や、夏目漱石の『草枕』に傾倒したことを10年くらい前に知って、私は急いでその2つの作品を買った。
 『砂の女』は、観ることに体力が要求されるので若い時に観るべきだったが、『草枕』は歳を取ってから読む方がしっくりくると感じた。
『草枕』というのは、旅路の途上にあることを示すタイトルで、現代人がそれを分かることは難しい。この本の英訳タイトルは『The Three-Cornered World』で、これも一筋縄では理解できないが、作品中に「四角な世界から常識と名のつく一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んで」という記述があり、訳者がそこからタイトルを導いたのだという。ハリウッド映画のタイトルの邦訳に比べて、センスの良さが光っている。
 ともかく、『砂の女』をつくった映画監督勅使河原宏は草月流の家元で、四角から常識の一角を削って三角にした世界の住人である、ということに合点がいったのは、グレン・グールドのお陰なのであった。

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