守備範囲 240412
2024/4/18
いけばなには流派がたくさんあるけれど、意識的に選択して入門した人と、いけばなを始めたら結果的に草月流だったというように、無意識的に特定流派に所属した人もいる。私は、始めたいけばながたまたま草月流だったというグループに属す。
流派によって作風が違っているのは感じられても、並んだ作品を見比べて流派を当てるのは、利き酒よりも難しいのではないかと思わされる。草月流の方の作品かどうかも、たぶん当てられない。おそらく、草月流の守備範囲(創作が家元に許される範囲?)が、広いことに要因がある。
もちろん、習い事である以上、草月にも「型」があって、それを大切に練習する。しかし、その先には、「場にふさわしい花をいけること」や「自分(の個性)が出てしまうものと覚悟していけること」が求められているので、その結果、表現の守備範囲が広くなるのだと思う。
水彩画しか描かないという画家がいる一方、絵も描けば詩も書くという作家もいる。描きかた(方法)にこだわる人と、描くもの(表現内容)にこだわる人との違いが、制作の守備範囲に影響するのだと思う。
グレン・グールド 240411
2024/4/15
31歳の絶頂期に“生演奏”活動をやめ、バッハを突き詰めて演奏したピアニストである。彼が、草月流三代目家元の勅使河原宏の監督映画『砂の女』や、夏目漱石の『草枕』に傾倒したことを10年くらい前に知って、私は急いでその2つの作品を買った。
『砂の女』は、観ることに体力が要求されるので若い時に観るべきだったが、『草枕』は歳を取ってから読む方がしっくりくると感じた。
『草枕』というのは、旅路の途上にあることを示すタイトルで、現代人がそれを分かることは難しい。この本の英訳タイトルは『The Three-Cornered World』で、これも一筋縄では理解できないが、作品中に「四角な世界から常識と名のつく一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んで」という記述があり、訳者がそこからタイトルを導いたのだという。ハリウッド映画のタイトルの邦訳に比べて、センスの良さが光っている。
ともかく、『砂の女』をつくった映画監督勅使河原宏は草月流の家元で、四角から常識の一角を削って三角にした世界の住人である、ということに合点がいったのは、グレン・グールドのお陰なのであった。
早坂暁『華日記』 240410
2024/4/15
戦前戦後に日本の華道界が大きく動いたことは、早坂暁の『華日記』に詳しい。1927年に創流された草月流も、その奔流の中心にあった。
その時期の日本は、表現空間も表現資材も窮乏しており、いけばなをする環境にも制約や障害がたくさんあったことは想像に難くない。そうした困難に直面して、想像力は生まれる。そしておそらく、数知れぬ失敗や失望が、華道家たちの前に立ちはだかったことだろう。気持ちが潰えてしまいそうな、ぎりぎり手前で発揮されるのも想像力である。だから、戦前戦後期は、足りないところでどう表現するか、つくり出す人間の力が試される場だった。
いま私が置かれている環境は、当時と比べて個人的にも社会的にも恵まれている。足りないものはあっても、無いというものはない。だから、想像や創造よりも、あるものをどう使うかという、使い方や組み合わせ方に流れてしまいがちだ。
あんなに窮乏していた時代に、なぜあんなに表現欲求を強く持ち続けられたのか? 目の前のご飯を美味しく食べることよりも、心地よい寝床で快眠を貪るよりも。とても真似できないではないか!
いけばなは贅沢だ 240409
2024/4/13
食べてしまうと影も形もなくなるから、食べ物にお金をかけることは贅沢だと考えられなくはないが、最終的に栄養になって身に付く点では、食事はとても効率的だ。
その点、花束のプレゼントは、食べ物のプレゼント以上に贅沢かもしれない。数日で萎れてしまう上に、全く腹の足しにならない。だからこそ、心の足しにしてもらえるのであって、消える宿命を持っているところに花束のプレゼントの素敵さがある。
ここに至って、さらに素晴らしいのがいけばなである。鉢植えも、花のアレンジメントも花束も、どこかで買って誰かにあげることができる。しかし、いけばなは、そうはいかない。買える店がないし、そもそも「場」を抜きにして一人歩きできないのがいけばなである。だから、物としてプレゼントできない。それでもプレゼントしたい場合は、いけばなを、その場所でいけてあげることになる。
腹の足しにならないし、プレゼントにも適さない。いけばなは孤高なのだ。深窓の令嬢なのだ。そんないけばなを習うという人は、とても贅沢なことをしていると自覚して、質の高い暮らしをしてほしい。
贅沢と文化 240408
2024/4/13
親には感謝しなければなるまい。というのも、今いけばなをやっていられるのは、実家を教室として使えるからだ。弟妹にも感謝が必要だ。兄である私の気ままを許してくれているからこそ、確保できている空間なのだから。
ミャンマー、ウクライナやガザ地区などの戦地、福島県や能登半島などの被災地においてなお、様々な文化を守り育てようと奮い立っている人々には、敬意を表さなくてはなるまい。切羽詰まった現場では、文化なんて余りものの贅肉だ! と言われても仕方がないからだ。
そんなふうに考えると、私も肩身が狭い。しかし、世界中のみんなが切羽詰まっていると、人類全体として夢がないではないか。たまたま今の私に余裕があるなら、余裕のある間に文化の足しになることをやってしまおうではないか! そういう気持ちだ。
私もまた、追い込まれることはあるだろう。実際、今年に入ってから投資がうまくいっていないのは心配で、それしか収入の当てがないので、気持ちのゆとりが少し狭まった。その時はその時で、きっと誰かが「能天気なやつ」として、いけばな三昧をしてくれるだろう。