贅沢と文化 240408
2024/4/13
親には感謝しなければなるまい。というのも、今いけばなをやっていられるのは、実家を教室として使えるからだ。弟妹にも感謝が必要だ。兄である私の気ままを許してくれているからこそ、確保できている空間なのだから。
ミャンマー、ウクライナやガザ地区などの戦地、福島県や能登半島などの被災地においてなお、様々な文化を守り育てようと奮い立っている人々には、敬意を表さなくてはなるまい。切羽詰まった現場では、文化なんて余りものの贅肉だ! と言われても仕方がないからだ。
そんなふうに考えると、私も肩身が狭い。しかし、世界中のみんなが切羽詰まっていると、人類全体として夢がないではないか。たまたま今の私に余裕があるなら、余裕のある間に文化の足しになることをやってしまおうではないか! そういう気持ちだ。
私もまた、追い込まれることはあるだろう。実際、今年に入ってから投資がうまくいっていないのは心配で、それしか収入の当てがないので、気持ちのゆとりが少し狭まった。その時はその時で、きっと誰かが「能天気なやつ」として、いけばな三昧をしてくれるだろう。
花見といけばな 240407
2024/4/8
松山城に花見に行った。桜の種類はたくさんあって、木を見てもよくわからない。ソメイヨシノが多いと聞いた。ピンクの濃い八重咲の「里桜」という札のかかった木もあった。
「隠門」を前景に、開いた門の向こうの桜を撮影している男がいて、後を追いかけると知り合いのカメラマンだった。彼は健康維持の散歩を兼ねて週に1度は松山城に登り、毎週毎週写真を撮っているという。週ごとに木々の様子が変わり、天気も変わるので、同じ景色は1つもないということだ。
私も、昨年、一昨年と同じ時期に松山城に来たが、私も新しい撮影カットを見つけることができた。城郭の構造も桜の植生も変わっていないけれど、桜と周りの風景の新しい関係を見つけ出すことができて満足だ。桜の木と石垣との関係や、見上げる角度と空との関係を作っていく撮影までのプロセスは、いけばなに似ているとも思った。
先ほど、「隠門」と桜の関係に狙いを定めていたカメラマンの真似をして、同じ場所で撮影してみた。門の開いた四角い空間に、向こう側の桜を按配する位置探しは、四角い水盤に桜をいけるような感じだ。
秘すれば花 240406
2024/4/7
世阿弥の『風姿花伝』の「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」という一節を、私は事あるごとに思い出すが、その真意がまだ理解できていないことを白状しておく。
まず、何を秘すのか。素直に読み下すと、〇〇を秘すから花になる(花が咲く)のであって、秘すのは花ではない。では、秘すのは秘物なのか秘事なのか、秘技(または秘儀)なのか思想なのか。あるいは「答え」を秘すのか「問い」を秘すのか。
もう少し深読みすると、何か大切なものがあるということを秘すだけでなく、何かがないことや、何もないことをも秘すということが言いたかったのかもしれない。
私はポーカーが下手なので、ポーカーフェイスをうまく装えない。いや、違う違う。ポーカーフェイスができないから、ポーカーが下手だ。
では、持っているものを隠すのと、持っていないものを隠すのとは、どちらが大変だろう?
「持っている〇〇を隠すと、素敵ないけばなができる」とすれば、何を隠そうか? もし「持っていない〇〇を隠す」とするならば、素敵ないけばなにするために何を持っていないことが最も効果的だろうか?
汎用ツール 240405
2024/4/7
裾上げテープを買って、パンツの裾上げをした。安くできたが、使い方に熟達していなかったため、皺が入らないようにパンツとテープを少し引っ張ったのが災いして、逆にシワが入ってしまった。無理に引っ張らず、テープを自然に生地に沿わせることが肝要である。
現代は便利グッズがたくさんある。ホームセンターや百円ショップを探せば、たいていのニーズに応えてくれる。しかし、いろいろ買って物が増え、しまい込んだ物を忘れてしまうのだった。
太い枝が楽に切れるハサミも買った。普通の花バサミよりは太い枝が切りやすい。でも、3cmを越える枝は、ノコギリの方が勝手がいい。結局、アネモネの細い茎も切れれば、太い桜の枝も切れる花バサミとノコギリで仕事はできる。で、新しく買ったそのハサミはしまい込んでしまった。
便利グッズの多くは、小さな不便さを解消するにはいいけれど、用途別に道具を揃えるとその管理と使い分けが大変だ。
1つの道具をどこまで使いこなせるかに挑戦することは、高いコストパフォーマンスも実現できるし、自分の頭と体を使いこなすトレーニングにもなる。
自己満足 240404
2024/4/6
こだわりは、たいてい自己満足である。
知人が言う。「普通に売られている軽(自動車)をチョコチョコいじって、それで猛スピードで走るんが堪らんのよね」
「そこらで売られている安物シューズを履いて、陸上競技大会で優勝するんも、かっこええね」
「ランボルギーニで速く走るんは、当然だから面白くない」
「速く走れるんが分かっとるけん、速く走る必要はないともいえるんが、悔しいね」と私が返す。
「わざわざ軽(自動車)を買うて、それをいじっとるいうのは、外見的には別に誰にもわからん。これにことにこだわっとる。わからんいう所がなんかウキウキするやん?」
「やせ我慢というか、反骨精神というか、下剋上の美味しさみたいなもんがあるよなー」
「そうそう、あたり前くらいつまらんもんはない!」
「何にでも意外性が欲しいよね?」
「そうそう、想定外というのが、人をシビレさせるんや」
「そやけど、こだわればこだわるほど、えてして他人には分かってもらえんやろ?」
「そうなんよなあ。改造自動車なんか走らせても、誰も見向きもせんけんな」
いけばなの工夫も、ほぼ自己満足だ。