花屋の出会い 250328
2025/3/28
花屋にはいろいろな花がたくさんあった。しかし客が減ると仕入れも減る。量も減るし種類も減る。少しつまらなくなった中で、小さい花屋は比較的特徴的な花を仕入れていて面白い。値段が高いのはしょうがない。面白いのは産直市の花卉売場だ。見慣れない花を比較的安く買える。
先日はコブシを買った。ほんのり薄桃色の花びらが縮れていて見栄えが悪いと感じられるからか、思った以上に安かった。買ってみると花びらが散るのが木蓮のように早かったが、遠慮がちで透明感のある香りが部屋中を浄化してくれるような気がして好感が持てた。
小振りな水仙も買った。黄色い花の直径が2cmくらいで葉がとても細い。細ネギの1本よりも細くひょっとしたらアサツキよりも細い。しかし、その小さな花の部分はどれもが綺麗に整った開き方をしていて、花のアタマだけ切り取って水に浮かべると、そのままテキスタイルのパターンに使えるデザインになった。
生花をネット注文できる時代でも、花屋に足を運ぶと思わぬ出会いがある。目的の花のことを忘れて目移りしていると、別の花を買って帰ることも多い。
せっかちいけばな 250327
2025/3/27
修行の足りない私は、いけばなと瞑想とを同時的にモノにできないし、いけばなを侘び寂びとは逆の方向に持って行きがちである。つまり、腰が据わって落ち着いた、隙はないけれどゆとりのあるいけばなになっていない。恥ずかしながら気ぜわしくジタバタしてせっかちだ。
要因は目先の欲である。誰かの目に留まる花をいけたい。目立ちたがりだ。SNSの普及によって、先進国の人々の多数がそうなってしまっているし、その状況を仕方がないと思い、または人一倍積極的に活用している。悪意をもって言えば、狡賢く自分本位の人間が増えてきた。そして、私も流されている。
どのように生きたいのかと落ち着いて自問すると、ゆったり、穏やかに、明るく健康的にというような言葉が浮かぶ。せかせかと、人を踏み台にし、自分の存在感をアピールすることにはいささか疲れたはずなのである。
それなのに欲が消えない。心頭滅却すれば……という境地に至るのは困難な道である。人生においてどの枝を切ってどの枝を残すべきか、考え方はいけばなで熟知しているはずなのに、徹底できないもどかしさなのだ。
アドリブ 250326
2025/3/27
様々なスタイルがあって一括りにできないとはいえ、私はジャズが好きだ。スタンダード・ナンバーだと優に80年は演り続けられた曲もあり、同じミュージシャンでも録音した年齢やメンバーや、ライブなのかスタジオ録音なのかによって全く別物のような演奏をしている。
レコードからCDになって収録時間が長くなり、同じ曲の2回目の演奏5回目の演奏など、本来の収録テイク以外の演奏が収録されている場合、好きなミュージシャンの演奏を聞き比べられるのは興味深い。ピアノなりがさっきとは違うアプローチで演奏すると、他のパートの演奏もそれに追随して変化して、ノリが良くなったりぎこちなくなったりする。
いけばなは、ジャズのワークショップのようだ。私と木の枝と花とのトリオ演奏を基本として、枝ものか草ものの種類が増えるごとに、カルテットになったりクインテットになったりして、展覧会の大作になるとビッグバンドの壮観さだ。
そのいつの時でも、花材の“誰か”が予定調和を壊す振る舞いをするために、メンバー全員がそのアドリブに負けないようアドリブで演り返すのである。
道具の優劣 250325
2025/3/27
花鋏は安い物で3千円、高い物で1万円、見得を張ると2万円以上だ。特に刃物はいい物を使わないとろくに切れないと言われる。そして、なまくらな包丁で修行をすると、キレイに切れないから調理の腕も上がらないと言われる。その通りだと思う。
しかし一方で、扱い方や研ぎ方を知らない初心者が包丁や鋏を使っても、要らない力で要らないものを切って刃こぼれするのがオチだから、最高の道具を持たせるのはもったいない。では1万円くらいの鋏がいいのかというと、7千円くらいでいいと言う人も、いや折角だから1万3千円くらいの鋏で始められるのならそれくらい高級な鋏がいいという人もいる。
こうなると、生徒さんへの道具の勧め方は師匠それぞれの考え方によるから、ある社中の生徒さんは安い鋏を手入れもせずに使っていたり、別の社中の生徒さんは高い鋏をよく手入れして使っていたりする。
私は初心者にはまずいちばん安い鋏を勧め、折を見て7千円くらいのものをそれとなく勧めて顔色を窺って決める。料理人の生徒さんなどは刃物を使い慣れているので、それなりの価格の鋏を提示する。
花材の優劣 250324
2025/3/27
絵描きが使う絵具の色は多い。さらに絵具と絵具を混ぜて無限の色を紡ぎ出す。赤の方が青よりも好きだという好みが彼にあったとしても、赤は7点で青は4点という価値の優劣はつけない。黄も紫も白も、彼にはあらゆる色が必要だからである。
私も花の好みはある。好き嫌いを言うならば、寂しげに揺れるポピーや夏の終わりを感じさせる曇天の河原のコスモスなどはとても心惹かれる。しかし、いけばな花材としてはアセビやナツハゼなどの枝ものが好きだ。
いけばなでは目の前の「この花」を使うことができても、「この花」と「その花」とを混ぜ合わせて新しい「あんな花」はつくり出せない。入手した花材たちの色を点描のように置くことしかできない(ガラス容器に花びらだけを何千枚も入れて押し潰した、前衛的な作品をつくる人もいるにはいるが)。
そのように絵具に比べて制約はあるにしても、いけばなの花材も使い方次第で無限のバリエーションをつくれる。そのとき、たとえばタンポポは難易度の高い花材だが、だからダメだということはないし、ネジバナのようなのは貧相だということもない。