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いけばな随想
diary

完成度 240328

2024/3/29

 著名な画家の絵の中には、シロウトからすれば「塗り残してるじゃん」としか見えない作品もある。陶器にも、「歪んでるじゃん」というのから、「少し欠けてるじゃん」というのまである。
 日本のバブルが弾けていない1990年代後半、パリの高架橋の下に並ぶブティックの店頭に、日本のいけばなにインスパイアされたような、生花のディスプレイがちらほら見られたので、その後の行動では、店頭ディスプレイを気にしながら歩くようにした。
 総じて言えることは、日本の工芸的職人芸を見るような見方をすると、雑さが目に余るものが多かった。しかし、繊細な仕上げ技術よりも、造形全体の構成力が優れている方が、歩いている自分の目を楽しませるという点で芸術だと思った。
 いけばなは、汚らしい仕上げよりも、美しい仕上げの方が望ましいというのは、どちらかといえば工芸品への期待に近いものを感じる。美しい方がいいに決まってるでしょ? と言い切ってしまうと、いけばなと芸術とは別のジャンルになってしまいかねない。
 いけばなの美の完成度をどう見せるかが、その作家の傾向と対策だろう。

好み 240327

2024/3/28

 自分が好きな物事を、他人に「いいね」と言ってもらうことは快感だ。そのために投稿をやめられない人が増えるし、コレクションで散財する人も増える。
 私は徹底が足りないことが幸いして、家を失うほどには散財していないが、それでもコレクターの末席にいる自覚がある。
 最もハマったのはLPレコードの蒐集。高校生のとき、ラジオの「オールナイトニッポン」で流れる曲を聴いて、貯めた小遣いを握ってレコード屋に走った。最初に買ったLPは、クイーンの『クイーンⅡ』、次がピンクフロイドの『炎』。日本の歌謡曲なんてカッコ悪い! という気持ちだった。日本版の洋楽ロックの購入から、次第に、友人の持っていないバンドのアルバムを買うのが、とんがってカッコいいと思うようになり、“輸入盤”専門店へ出入りするようになった。バカだね。
 LPは、聴けば聴くほどレコード盤の溝が擦り減る。だから、最も好きな部類のレコードは、保管用にもう1枚買う。その中でも最高に好きなアルバムは、CDも買う。大バカだね。
 今は、もうLPもCDも買わないが、なぜかどんどん花器が増えていく。

人形 240326

2024/3/28

 かつて広島に、瀬戸内海汽船直営の星ビルという特殊な施設があって、ヨーロッパのアンティークドールやアンティークオルゴールを展示販売していた。その価格、数百万円から数千万円がずらりと勢ぞろいしていた。
 フランス人形たちの並ぶフロアに、四谷シモンの等身大くらいの人形が何体かあって、私はそれに釘付けになった。彼の人形は、ハンス・ベルメールの球体関節人形の影響を受けているという。その後、新宿か池袋で開催された四谷シモンの人形展に行き、ご本人からサインをもらっている。
 タイプは異なるが、球体関節人形の作家・清水真理さんとお会いする機会を得て、ご本人から舞奈という名の人形を購入した。人形は、人によって好みが分かれることは承知しているし、嫌いな人もいらっしゃるが、舞奈は、いけばな教室の天井に近い高みに座らせている。
 いけばなも、好みは分かれるものである。私は草月の家元の作品が基本的に好きだから、入門しても迷いがなかった。だからといって、すべての作品が好きなわけではない。好みの作品は増えるけれども、好みの範囲はあまり広くならない。

ドクダミ 240325

2024/3/28

 庭のあちこちにドクダミの芽が顔を出し始めた。彼らは地下茎を張り巡らせて、冬をひっそり暮らしていた。一昨年、かなりの地下茎を掘り返して捨てたのに、昨年も繁茂した。昨年もかなり掘り返したので今年はどうだろうと思っていたが、彼らの元気は衰え知らずだ。
 ドクダミの地下茎は、植栽している椿や桃などの根と絡み合っていて、ドクダミだけを枯らすことができない。その結果、庭木の下草がドクダミだらけになるのだけれど、夏季に咲く可憐な白い花を見るたびに、やはり引き抜かずにいようかと迷っていた。
 それからもう1つ。このところ、我が家の庭やベランダが、近所の飼い猫(保護猫)や野良猫たちの遊園地と化している。ネットで調べると、ドクダミには猫に害を与えず忌避させる効果があるかもしれないので、やはり引き抜かずにいようかとも考える。
 さて、子供の頃、私が脛に傷を負ったり火傷をしたりしたとき、祖父が黙ってドクダミの葉を幾層にも重ね固めて七輪で焼いたものを患部に当てて治してくれた。やはり引き抜かずにいようかと心が決まる。
 あとは、花材に使うかどうかだ。

椿 240324

2024/3/26

 東温市、今治市と西条市の境界に、東三方ヶ森がある。その山を登る中腹に、シャクナゲが群生した素敵な林がある。
「シャクナゲ=素敵」という感覚を持つ理由は、私が小中学生の頃、父がよく登山に連れ出してくれたことに起因する。バスで登山口の近くまで行き、高縄山や福見山などに登っていた。そのときシャクナゲに出会うと、「これがシャクナゲだ」と、他の木のことは何も言わないのに、父はシャクナゲにだけこだわっていたように思う。
 母は母で、俳画をよくしていたのだが、ワレモコウがとても好きだった。母にとって、ワレモコウと自分の母(私の祖母)とが、なぜか緊密な関係にあったようでもある。
 私は、椿が気になる。好きというほどではない。いけばな教室の庭にも、赤と白1本ずつ椿がある。松山市のシンボルの木が椿であり、草月の初代家元が心を寄せたのも椿だったと聞くからだ。また、かつて東三方ヶ森に一緒に登った友人が、自分が植林した椿の間伐材で椅子を作っていた。彼は、“波動法”処理水を散布して、その椿の林を育てていた。
 花木と人との間のエピソードは尽きない。

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