聖なるいけばな 240721
2024/7/21
聖なるものを日頃から意識している人には、対極の俗なるものにも敏感だろう。聖なるものを日頃から意識していない私は、俗なるものも意識しようがなかった。
無理にでも聖なるものを意識しようとすると、私の場合は仏壇のビジュアルと線香の匂いが思い浮かぶ。5年ほど前に実家を改修し、床の間を潰して仏壇を入れていたのを神棚の下の押入れを潰してそちらに移し、壁を塗りなおして床の間を復活させた。かぐわしい香気を感じさせるまでには至っていないが、単に抹香臭いだけではない空間になった。
部屋に神棚と仏壇と床の間の3つが綺麗に整うと、床の間の花は、部屋を使う人に対するもてなしだけではなく、「神様仏様」に向けた献花の性質をまとったのである。部屋のしつらいが、聖を醸し出したことによって、その場のいけばなも聖を意識せざるをえなくなった。そうすると、対極に俗が現れるのも必然である。
問題は、私自身の意識とセンスを変化させられるかどうかである。場に合わせていけばなを聖化させたり俗化させられるかどうか。見てくれる相手への理解の度合いが現れるはずである。
人生の趣味 240720
2024/7/20
小学生か中学生の時、ある姉妹の家に遊びに行った。姉の方は小学校から高校まで同級生だ。姉に促されて妹の勉強机を見せてもらったら、右サイドの引き出し3段の全部が岩石でいっぱいだった。その時の衝撃はずっと忘れない。妹はその後、高校のとき偶然にも美術部の後輩になった。そして、彼女は「地球科学」「地質学」等を教える大学教授になり、今に至る。
宝石が好きな人はゴロゴロいても、宝石ではない石を集める人は少ない。動物か食べ物を扱っておけばテレビ番組は成り立つと言われてきて、それに歌とお笑いを加えれば四天王だ。いけばなは『プレバト』で取り上げられたが、岩石をテーマにした番組は記憶にない。岩石はそれくらいマイナーなのだ。素晴らしい!
メジャーだマイナーだということを吹聴することがナンセンスだと分かってはいるけれど、どっちかって言うと、マイナーの肩を持つ。「少女が小汚い石を集めている」それだけで、ドラマが何篇も書けそうだ。「石の上にも3年」どころの話ではない。少なく見積もっても、あれから50年だ。
私のいけばな歴24年。道半ばである。
生き残る 240719
2024/7/19
私という1人の人間の生死については、あまり考えが深まらない。玉井家の存続に対する心配は、少なからずある。前に飼っていた猫が16歳と9ヶ月で逝って、もう飼うことはないだろうと思っていたのに、2年後に迎えた猫が3歳になった。
生き物の種の寿命は平均の数値としてだいたい定まっているけれど、個々の命は様々な要因でみんな違っている。すべての生き物にとって生活環境はとても複雑で、しかも変化しているから、どんなに長生きのための策を練ったとしても正解はないだろう。
私の場合、厄落としをせず心筋梗塞になったが、仕事のストレスが主因だったかもしれないし、タバコと酒が主因かもしれない。原因は特定できない。勉強したから寿命が延びたという話も聞かないし、食生活や運動に気を配っていても早死にする人は死ぬ。生き残るために何が有利かについて、古来、野生動物と比べて人間の優位性が数え上げられてきたが、いまの人類は危うい。
いけばなを始めてから、よく山を見る。庭木や山を見て思うのは、個が単体で威張っているヒーローの姿はどこにも見えないということだ。
清濁併せ呑む 240718
2024/7/18
善悪と同様、清濁の良否も判定が難しい。本来は対立軸の両端にありながら、「清濁併せ呑む度量」の大きさが経営者や政治家に求められもするからだ。
ファインアートは、大まかにいえば、美しい(芸術的にインパクトがある)こと以外の実用面で役に立たないことを表す。いけばなは実用性のないファインアートだろうかと考えたとき、少なくとも花嫁修行の1つとされた時代においては、いけばなは大いに実用性があったと言わねばなるまい。
しかし、レストランの大壁に絵画が掛けられているとき、その意図は集客装置であるのか、純粋に店主の美への思い入れであるのかは他人にはわからない。いけばなも、玄関にしつらえられた来客へのおもてなし装置かもしれないし、いけばな展に出す作品はファインアートだといえようし、いけ手の意図や見る人の意識によっても違ってくる。
展覧会のいけばなも、単に人気投票の対象になってしまったら、それはエンターテインメントの材料として用いられた(用に立った)として、少なからず濁った性質を帯びることになるのだろう。いけばなも、清濁まぜこぜだ。
人口減少 40717
2024/7/17
周辺部からの流入で、松山市の人口はまだしばらく増加すると思っていた。既に日本の人口は減り始めているから予想していたことではあるが、ついに松山市も人口の減少曲線を描き始めたというので驚いた。
人間を含む哺乳類は子どもの数が少ないが、魚や昆虫はたくさんの卵を生むし、植物は数えきれないたくさんの種子や胞子を飛ばす。
マクロに眺めると、地球上の生物はある場所で増えたり減ったりと陣取り合戦を繰り返して、滅ぶ種があれば出現する種もある。いけばな的に眺めると、使う花材のうえで、日本固有とか日本原産という種に比べて、海外産の花材の使用がどんどん広がっている。物流の国際化はその要因の1つに数えられるだろうが、それは後付けの理由で、根本的にはニーズの問題として、使いたい花材の流行の変化だと思う。
衣食住の全てにおいて、日本的なものはすべて伝統の枠に押し込まれ、現代生活の一部であることから遠ざけられてしまった。「いけばなは現代日本の文化だ」と言ってもあまり取り合ってくれないけれど、「いけばなは日本の伝統文化だ」と言えば助成金が出る。