作品の大きさ 240612
2024/6/14
床の間がない住宅が増えている一方で、造り付けのクローゼットが増えて各部屋がすっきりしたため、昔に比べて花を飾る場所には事欠かない。
おしゃれを感じさせてくれる家は、花やオブジェ、絵画などの装飾が小さくて、壁面や窓の広さを一段と引き立てて贅沢さを演出している。もちろん大きな絵を掛けている家があるが、その壁面はことさらに大きい。物が全くない空間は寒々しいが、控えめな装飾があると贅沢さを感じる。装飾を多くしたいなら、逆に徹底して過剰にすべきだ。
大きな皿の中央に手の込んだ料理が小さくちょこっと盛り付けられた料理が、単品3千円。これは高級ホテルなどで供される。一方、皿に盛り上がった米の山から飯粒がこぼれ落ちている大盛りチャーハンが、スープ付きで680円。町の中華食堂だ。
いけばな展に出す作品を構想し始めているが、なかなか考えがまとまらない。その理由は、誰に対してどうウケを狙うかという不純な動機が抜けないからだ。「いいね」をたくさんもらいたいという本心と、孤高であってもひねくれていたいというインテリ気質のせめぎあいである。
質感の好き嫌い 240611
2024/6/12
ヤン・ガルバレクという演奏者がいる。香り高くコクのある蜂蜜のように伸びるソプラノ・サックスの音を出す。ガトー・バルビエリという演奏者がいる。鍋底の割れた隙間から砂漠の風と一緒に吹き出すようなテナー・サックスの音だ。彼らが演奏する曲はもちろん好きだが、その前に音そのものの好みがある。
絵に関しても似ていて、写真でしか見たことがなかった絵をあるとき実物で見る。小さな写真では筆使いの微妙さを捉え切れなかったが、実物には好きな筆使いのタッチが表れていて、一段と好きになったりする。画面の質感が好みでない場合、その作品をなかなか好きになれない。
食べ物も似ていて、寄せ鍋ひとつ取り上げても各家庭の味がある。出汁の味もさることながら、白ネギや人参の切り方や大きさ、鶏肉の大きさや硬さ、出汁と具材の割合だったりの違いで、大いに口当たりが異なるわけだ。
いけばなの場合は、花木自身がその質感をまとっているから、いける人が花材個々の質感に手を下すわけにはいかないが、やはり組み合わせの分量や空間の取り方などで、作品の肌合いは大いに変わる。
競争 240610
2024/6/11
私は競争が苦手である。いけばな展は決して競争ではないが、自分で勝手に競争しているような気分になる。自分を押し出していけばいいのだろうが、他人を差し置いて俺が!俺が!と図々しく出ていくというのが苦手で、だからいけばな展も苦手である。
出ていくことを恐れるがために、自覚なく引いてしまう。だから、私の作品は、引き算に引き算を重ねてどんどん貧相になる。そう分かっていても止められない止まらない中途半端な引き算なのだ。そのことに後で気付くのだが、いけ終わるまで無自覚なのだった。
さて、方向性として侘び寂びに徹しようとも、攻める気持ちで充実した作品をつくれば、そこにはある種の引力が働いて見る人の心を掴むことができるのだろう。多分、そこまで徹底したつくり込みができていないから、それを胡麻化すために競争を引き合いに出して言い訳しているのである。能天気だった自分はどこへ行ってしまったのだろう? この歳をしていまさら恥も外聞もないだろう?
「いけたら花は人になる」のだから、逆にいけた花が強ければ、いけばなによって人も強くなれるだろうか?
前向きな感じ 240609
2024/6/10
一昨晩、バレーボール・ネーションズリーグ・男子のポーランド戦をTVで観た。それに続く番組で、日本バレーボール協会会長の河合俊一氏が大いに語っていて、彼の鷹揚とした明るいキャラクターは徹底していた。昨晩はスロベニア戦で、西田選手がテンション絶頂のまま闘志を出し切っていた。
この世代の異なる2人の共通点は、「臆面もなく前向き」なところだ。アスリートとしてのストレスに晒されているはずなのに、それが言動に出ない。この2人が能天気でないとすると、自己肯定感が強いからだろうか? セルフコントロールが上手だからなのだろうか?
少年時代、私は完全に能天気で陰がなく、常に明るく前向きだった。18歳を境に、陽キャラから次第に陰キャラへの道を歩み始めた。そして今は、多少は人生経験を積んだため程々に陽の素振りを見せられるとはいえ、油断をすると弱気や深刻さがにじみ出る陰キャラを自覚していた。また私は、「臆面もない前向き」が嫌いなはずだった。
それなのに、いけばなの人になってから、「気ままで楽しそうだね」「前向きな感じ」と人から言われる感じ。
ダンディーの振り 240608
2024/6/8
小説家・評論家の故埴谷雄高氏(1907年生まれ)は、かつて次のように質問に答えたそうだ。あなたがほしいもの「暗黒星雲」。あなたの性格の主な特徴「暗さへの偏奇」。座右の銘「そんなものは持たない」。好きな花「ルドンふうの幻の花」。
昔はこんな人がたくさんいて、私が20代でお世話になりながらその元をトンズラした坂本忠士氏(1918年生まれ)も、質問したら似たような答えをくれただろう。世間はこういう人たちに憧れながら、一方では食えない文化人として嫌悪する風潮もあった。
私は政治経済的な社会での成功にこだわりを捨てきれず、文化人的世界から遠のいていった。しかし、一度その退廃的で哀感に満ちて魔法の夜が好きで夢見心地の世界に棲んだ者は、少なからず成功からの逆行傾向を身中に飼っている。
この「成功への諦め」がダンディー最大の要素なのではないかというのが、ここ数日の考えの帰着点だ。私はいけばなそのものが好きだったのか、いけばなを道具として「ルドンふうの幻の花」の宇宙の底で瞬く絢爛の世界を描きたかったのか、或いは何かを諦めたいのか。