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いけばな随想
diary

色の表現 231206

2023/12/10

 ドローイングで描くとき、絵具の混色や塗り重ね方などに一定の熟練が必要だ。しかし、貼り絵であれば、色を作るのではなく色を選ぶ作業なので、技術をセンスが補える。
 先日、黒紙で切り絵を描いた。切り絵は、子供でも取り組めるし、技術が低かろうとも何かが出来上がることにおいて、楽しみが得やすい。私は、複数の色紙を背景色として下地に貼っておき、黒い紙で切り出した影絵を表層に貼って仕上げた。
 いけばなも、色をつくらず選ぶ点で、ドローイングよりも貼り絵に近い。ただ、立体的・空間的に配色していくため、作業方法は異なってくる。特に、貼り絵や切り絵であれば背景をコントロールできても、いけばなは、背景をつくることに制約が大きい。また、花が小さいカスミソウなどは、点描で描いたように向こうが透けてしまう。
 花展でもない限り、「いけばなは基本的に与えられた場にいけるものだから、周辺空間の色合いに負けたりするんだよなあ」と思い出したりしているうちに、(花材に着色するなど)色をつくるいけばなに、草月はずっとチャレンジしてきたことに思い当った。

岩手県黒石寺の蘇民祭 231205

2023/12/9

 1000年を超える伝統的な奇祭「蘇民祭」を、黒石寺がもう開催しないというニュースが流れた。伝統を受け継いできた住民が減少の一途をたどり、信仰を基にした祭りの継続が困難になったのだ。
 一方、ある時期、私の母のふるさと五十崎では「大凧合戦」が観光化していき、あまりに多い外来観光客に対応するため、町民自身は祭り会場から離れた臨時駐車場で、誘導係をしなくてはならないジレンマに陥っていた。
 伝統行事や伝統文化というのは、細ると滅びるし、広がると薄まるようにできている。
 華道人口も減っているので、滅びないために何とか広げる手立てを考えている。これは、「華道界のため」と偉そうぶって思っているわけではなく、自分の生きる世界が滅びると自分も滅びる必然を避けたいだけだ。自分が生きやすい世界を広げたいという動物的本能だ。
 酒のアルコール度数ではないけれど、できれば、濃いままで広げていきたい。私の酒の好みはウイスキーか日本酒だが、世間にはビール党もワイン党もいて、どなたもそれぞれ自分の世界を広げたい競争となり、いずれかが細るか広がる。

水に流す 231204

2023/12/5

 日本の昔の家屋は木と紙だったから、比較的簡単に壊して更地にできた。建物だけではない。政治家が良くないことをやらかしても、心機一転、禊ぎを済ませたらすぐに「真新しく」返り咲ける。日本人は、不都合も何も「水に流す」ことが得意だ。
 ヨーロッパに約40年暮らす友人が、「ロンドンのアパートは古ければ古いほど家賃が高かったりしてさ」と、悲しいような自慢するような口ぶりで言う。「200年大丈夫だった建物なら、あと200年は安心な物件だ」というのが、石の建造物に対する彼らの感覚で、日本人の「もう50年経ったから、そろそろ危ないかも」という感性とは正反対らしい。
 一度ロンドンで、古書店街へ行った。1880年代発行の帆船図鑑や植物図鑑をバラしてページ1枚1枚に手彩色したものを、子供のクリスマス・プレゼントに購入している親が何人もいて驚いた。
 いけばなは、とにかく、いけた先から枯れ始める。作品を長く取っておけないので、自分の作品に対する執着もあまりない。気に入らないいけばなを今日しても、水に流して明日からまたやっていけるのがいい。

本格的の「的」 231203

2023/12/4

「個人的な意見です」とか、「基本的な考え方は」とか、「〇〇的」という表現を私もよく使う。私としては「私的(してき)」はOKで「私的(わたしてき)」はNGである。仮にOKであっても、「〇〇的」はあまり使いたくない。
 私は、退職してから、本格的にいけばなに取り組んでいる。「本格」かどうか自信がないから、「本格」と言い切らずに「本格的」とぼかしている。
 誰もが、自分のやっていることが「本格」かどうか自信がないから、用語的に「本格」と言い切る表現が失われて、「本格的」という表現に落ち着いたのだろうか。そんなことを無駄に考えていて、ひょっとしたら私は「華道」をやっているのではなく、「華道的いけばな」をやっているのかしらん? と得心した。
 このように、「てき」と読むとき「的」は曖昧さの手先かもしれないが、「まと」と読むとき「的」は明快さの王になる。「的(まと)」は遠くて小さいので、弓道でもしっかり狙わないと当たらない。
「てき」には矛盾が含まれうるので、妥協のない明快な「まと」を撃ち抜くべく、本格華道に是非とも近付きたい。

「心を込める」とは 231202

2023/12/4

 いけばな教室で開く「クリスマス・リース作りワークショップ」の準備を、数日前から行っている。
 最近の流行を、ネットや本屋で見てみるところから始めて、買い出しをスタート。まずは、既成のリース土台や土台に使える雲竜柳を買う。次に、産直市などで、杉や檜の枝葉や枯物を買う。そして、100円ショップを回って、オーナメント類を買う。
 目を引くアイテムに欠けていると感じたので、リューカデンドロンや野バラ、綿花の殻、松笠、ナンキンハゼ、ホウキグサ、シルバーブルニア、フォックスフェイスなど、手持ちのドライ花材を引っ張り出した。日頃から、お稽古で余った花材をドライフラワーにしていて、これらが役立つことになって嬉しかった。
 アイテムが増えたので、教室のテーブル配置を全部変えて、作業用テーブルと、アイテム陳列用テーブルに分け、グルーガンやワイヤーなどの工具・道具も並べた。
 手間暇かかったが、面倒だという気分にならない。目的が自分の気持ちとズレていないとき、準備に負担感がなく疲れない(後でドッと疲れるけれど)。そんな時、作業に心を込められる。

講師の事