吹きガラス 251123
2025/11/23
吹きガラス工房での「一輪挿し」の制作体験。草月流の愛媛県支部で取り組んだ研究会だ。サンプルがたくさん並んで、選択肢が3つ提示された。形状、色彩、ひび割れや泡立ち加工の有無である。私は、花のつぼみのような形状、透明ガラスに白と桜色の斑紋、ひび割れ文様を下半分に施すと決めた。
吹きガラスは、長さが130cmくらいの吹き竿の先で作品をつくる。自分の目から離れているので、吹き加減がよくわからない。また、磁器を焼くときのような絵付けができないので、斑紋の大きさや疎密は偶然に頼るところが大きい。ともかく、熱く焼けたガラスに直接手を触れられない遠隔操作が、こんなにもどかしいとは思わなかった。
ただ、花瓶の挿し口を成形する際、一旦広げてしまうと改めてすぼめることができないという、いけばなで言えば、一旦切ってしまった枝は元に戻せないこととの共通性もあった。また、いけばなの花材がみるみる萎れてくるように、ガラスも吹き竿の回転を止めると垂れるので、くどくど悩んでいられない手強さが短時間勝負を強制してくる側面も、いけばな制作に似ていた。
松をいけて、松に見えたらだめでしょう 251122
2025/11/23
今日は、とにかく成果が多かった。その1つは、「AIはコンサルとして敬うのではなく、スタッフとして使い倒せ」という態度を、昔の仲間との飲み会の席で教わったこと。
さっそく、「松をいけて、松に見えたらだめでしょう」というイサム・ノグチが勅使河原蒼風に言った言葉の意味を、遠ざけていたChatGPTに聞いた。すると、回答としてたった3秒で、「松を活けても、それが単なる松の再現に見えるなら創造ではない。素材を超えて新しい形・概念を生み出すことこそ芸術だ」と結論付けた。それでは、刺身を引く料理人も、最高度に手を掛けないという技術でもって刺身本来の魅力を引き出す。このムダのない的確な答えには参る。自分がぼんやり考えていたことが、はっきり見えた。
その一方で、疑問に思う内容も明らかになった。芸術的な技を使い、且つ、その技術を見せないように神経を使って客に提供する。鯛なら鯛に対して、持てる技術の全てを出し切って、その技術を感じさせずに素材の鯛の旨さを提供する。同じように、花そのものの魅力を打ち出すいけばながあってもいいのかもしれない。
単純さとシンプルさ 251121
2025/11/22
草月テキストの4‐8「単純化の極」は、哲学というか禅というか、テキスト曰く「それ以上省略すると、その植物素材ではなくなってしまう、いけばなではなくなってしまう、というぎりぎりまで……ということは、極限まで単純化されたその作品は、逆にすべてを含んでいなければならない……」。
ここで言う単純化は、ある方向に向かって作業を徹底しなければ成り立たない。簡素化とは違うし、シンプルであることともまた違う。昨日お会いした葉山有樹氏は、筆で極細線を描くことを徹底されていた。日々飽くことなく線を引き続ける。展覧会場の片隅でも。で、私は何を徹底するのか自問して、行き詰まる。
葉山氏の線引きは50年で、片や私はいけばな25年(しかも本業ではなく)。半分の時間で彼に匹敵するくらいの徹底行動をするにも、時間が足りない。この歳になったからには、時間の長さではなく、切り口や軸足の置き方にこだわるしかないのだろう。
葉山氏の陶磁器も、弦楽器のストラディヴァリウスも、唯一無二の哲学的単純さと緻密さで何百年も魅力を保つ。いけばなには何が残せるかな。
葉山有樹氏に会う 251120
2025/11/21
いよてつ髙島屋に「葉山有樹展」を観に行った。事前の情報では“売れそうな”陶磁器を“高額で”売って、“小説や絵本”も書く“同世代”の“世界的な”作家のようだから、きっとギトギトして気取った男ではないかと予想して、妬みに近い反発心もあった。
今日は寒い平日で、会場の客はまばらだった。否が応でも販売員たちの目に留まる。腰は引けているのに顏は前のめりな私に興味を持ってくれた1人が、作家に引き合わせてくれた。神の思し召しか、私は彼と小一時間言葉を交わし、私との写真にも収まっていただいた。妬みも反発心も消えた。
彼は洗いざらしの白いシャツを着て、会場の片隅の簡易机で安物のライトスタンドを照らし、ポケットティッシュを広げて2枚重ね、普及品の絵具皿から蒼い墨で超細密画を描いていた。中筆に近い小筆で、1mmよりも細い線で、下描きなしの夢幻の世界が浮かび上がってくる。修練を続けているのだと、純粋な語り口で言う。
そして、完璧で華やかな薔薇や牡丹もいいが消えゆく儚さを宿した枯葉や落葉がいいと言う修行僧のような彼に、心の底から降参である。
乱立する流派の未来 251119
2025/11/20
高度成長期、人口が増え、高校も高校生数も増えた。塾も習い事の教室数も増えた。社会的にも、仕事が細分化され各業界でプロフェッショナルの職人技が磨かれた。
ところが、日本は人口減少に転じた。高校の統廃合や定員減少が進み、松山商業高校も1学年11クラスが9に縮小。生徒減少に伴い教員数も減少したからか、部活動も統廃合され、華道部・茶道部・琴部は日本文化部になった。
人口が増えると、様々なジャンルで多様化、分散化、専門化が進み、人口が減ると縮小化、統合化、総合化が進むというのが当たり前。しかし、例外はある。松山商業高校は4つも科があって、商業科はたった2クラスだ。また、いけばな界でも、流派の数はあまり減ることなく続いているかわりに、1流派1教室の人数は減っている。
それぞれの流派の理想が異なり、その独自性をアピールし続けなければならない宿命はあるだろう。しかし、いけばな文化を継承するためには大きく協同して入門者を増やすしかない。共倒れになるかもしれない危ない橋をバラバラと渡るのは、多党乱立の政界も含めて日本のお家芸だけど。